風雲急を告げる(土曜日のイベント始末 その3)

(「土曜日のイベント始末 その1」「土曜日のイベント始末 その2」を読んでいない方は、そちらを先に読んでね)
 講演会は15分遅れで終了した。講師は話ずきで、質疑応答でまた講演が始まってしまったのだ。午後3時45分には講師が降壇する予定だったが、講師が控え室に戻ったのは午後4時だった。
 事前打ち合わせでは、午後3時45分講演会終了、後片付けをして午後4時にはセンターそのものから撤収するという約束だった。
「午後4時には、完全に撤収を完了しろ。オレはお前らの仕事に付き合う気はない。午後4時にセンターを閉めるからな」
 部下たちは、件の管理係長に脅されているので、戦々恐々としている。
 しかしワシャは開き直っていた。
「仕方がないじゃないか。お客さんが満足してくれているなら問題ない。この後ろに予定があるわけじゃなし、20分や30分の超過など当たり前だのクラッカーだ」
 と、オヤジギャグを飛ばしたが、部下の笑いは引き吊っている。
「慌てることはない。じっくりと撤収作業をするように。ゴミや忘れ物も確認してよ。備品は元の場所に確実に返すこと」
 ワシャは殊更丁寧に後片付けをした。結果、完全に終了したのは午後4時25分だった。約束の時間を25分も超過してしまった。もう部下は事務室に近づこうともしない。
「よし、ワシャが行こう」
 ということで、事務室に終了報告するために顔を出した。何か言われるなら言われるでいい。ワシャらも社のために顧客のためにやっているのだ。理不尽なことを言うようであれば叱るつもりである。事務室のカウンター越しに背中を見せている件の係長に声を掛けた。
 係長が振り返った。え?微笑んでいるではないか。なんだ???
「ご苦労さん。この利用報告書に記載してもらえるかな」
 えらく低姿勢じゃないか。なんだ、この豹変ぶりは……背後で事の成り行きを見守っている部下たちも動揺しているようだ。
 件の係長、時間を超過したことについては何も言わない。今までの対応なら、約束の時間を守らなかったことを執拗に詰るはずなのに。なぜか、いい人になっていた。拍子抜けだった。
 社に戻る途中、部下の口からその疑問が点いて出た。
「なんでHさん、あんなに聞き分けが良かったんだろう?」
 もう一人の部下が答えた。
穿った見方かもしれないけれど、Hさんにしてみればもう人質がないから攻めてこなかったんじゃないかな」
 どうでしょう。ワシャにはよく解かりまへん。一戦交えるつもりが肩透かしをくらってちょこっとさみしいだけです。やれやれ。