ワシャ蔵がいない

 銭亀の平次親分が木戸番屋を覗きこんで、番太の年寄りに声をかける。
平次「とっつあん、ワシャ蔵を見かけなかったかい?」
番太「ああ、銭亀の親分さん、いい陽気になりましたね。ユキヤナギが満開ですよ」
平次「そんなこたぁどうでもいいんだ。ワシャ蔵を見てねえかい?」
番太「親分は相変わらず風情がないねぇ。ワシャ蔵ですかい。ワシャ蔵なら陽が昇る前から頭が痛いと表通りを日本橋のほうに歩いていきましたよ」
平次「頭が痛い?野郎、酒を飲んだんじゃあるめいな。昨日、禁酒札を貼ったばかりだぜ。もしも二日酔いっていうならしょっ引いてやる」
番太「ちちち違うと思いますよ」
平次「とっつあん、何を動揺しているんだ?」
番太「どどど動揺なんぞしていませんよ」
平次「とっつあん、何か知っているな。吐いちまいな、知っていることを洗いざらい吐いたら、酒をおごるぜ」
 平次がそういうと、番太の後の押入れがスーっと開いてワシャ蔵が顔を出す。
ワシャ蔵「そんならオイラが吐きますよ」
 おあとがよろしいようで。