ある上司との確執

 我社に「ゲシュタポ」とあだ名される部長がいる。すらりと背が高く軍服が似合いそうな体型だ。目が窪んで薄くて高い鷲鼻をフィンのように突き出している。神経質な顔立ちと言っていい。雰囲気としては秘密警察の副官といったところだ。だから「ゲシュタポ」なんて呼ばれている。
ゲシュタポ」は性格もゲシュタポだ。まだワシャが若かりし頃(今でも若いけどね)、社長の出席する大きな会議の準備をしていた。会議室は我社でも一番上等の奥の院にあり、30席ほどの円卓がある窓のない会議室だった。そこで一人でせっせと資料を並べて、ほっと一息をついた時に、電気がすべて消えてしまった。真っ暗だ。停電か?と思ったが、廊下には明りが点いている。停電ではない。よくよく入口付近を見ると、おやぁ、ゲシュタポが立っているではあ〜りませんか。そしてこうほざいた。
「省エネに注意しろ。無駄な電気は消せ」
 あまりに憎々しい言い方だったので、ついワシャは反論をした。
「社長がすぐに来られるんですよ」
「社長が来たら点ければいい」
 そのとおりだとは思う。思うけどなんだか悔しい。悔しいので、ゲシュタポがすたすたと歩いて行ったのを確認して、すぐに電気を全部つけてやった。ざまーみろ。
 数歩進んでゲシュタポの足がピタリと止まった。そしてきれいな回れ右をする。あんた軍人か?つかつかと戻って来ると、ドア横のスイッチをすべてオフにした。したかと思ったら、またきれいな回れ右をして背筋を伸ばして去って行った。
 なんなんだ?そこまでするならワシャだって意地がある。ゲシュタポが十数歩進むのを待って、全部、電気を点けましたがな。「もう戻ってはこんやろ」と思ったのは甘かった。ヤツは背後から聞こえる微かなスイッチの音を聞き逃さなかった。ヤツは北朝鮮の行進みたいに足と手を大きく振り上げながら戻ってきて、憎悪の眼差しをワシャに向けると、叩くようにしてスイッチを切った。
 ヤツは「点けるな!」と言い残して去って行った。
「バーカ、お前が廊下の角を曲がったら絶対に点けちゃるわい」
 ゲシュタポの後姿に毒づいていると背後から秘書課長の罵声が飛んできた。
ワルシャワ、会議室の電気は社長が来る前に点けておくように!」
 そんなぁ……