祖父の話

 四半世紀も前のことだ。当時82歳になるワシャの爺ちゃんは、足腰は年相応に衰えてを見せていたがそれでもゆっくりとなら歩行は可能で、家族に迷惑をかけるようなことはなかった。それに頭がしっかりしていた。相撲が大好きで、広告の裏に星取表をつくって白丸や黒丸を並べて一人盛り上がっていた。
 休日の朝のことだった。ワシャが2階の自室でうつらうつらしていると、階下から母親と祖父の会話が聞こえてくる。
「おじいちゃん、お風呂はいりましたよ」
「ああ、すまんね」
 前の晩の酒がしっかりと残っているワシャは「朝風呂か……」と思っただけで、再び眠ってしまった。
 次に目を覚ましたのは、階下から響く父親の緊迫した声でであった。
「ワシャ造!手を貸してくれ」
「なに……」
「風呂場にすぐ来い!」
 急かす父親の声にのそのそと起き出して階下におりる。風呂を覗くと爺ちゃんが湯舟に浸かって気持ちよさそうに目を閉じているではないか。
「どうしたの?」
「意識がない。手を貸せ」
 ワシャは父親と協力して爺ちゃんを風呂から出した。その後、人工呼吸や心臓マッサージを施したが爺ちゃんは起きなかった。すでに死亡していた。頭を洗い、髭を剃り、身体じゅう隅から隅まできれいに洗い上げて、逝った。家族になんの手数もかけずに祖母の待つ彼岸に旅立った。
 大正の後半から昭和初期にかけて青春時代を過ごした爺ちゃんは、お洒落だったし粋だったねぇ。爺ちゃんは背が高かった。ちょび髭を生やしカンカン帽を被ると恰好いい爺さんだった。ずいぶんと放蕩をして祖母に迷惑をかけたらしいが、死に際は見事というしかない。