東京医科歯科大学名誉教授の藤田絋一郎先生の著作はほとんど読んでいる。それらが棚に収まっているんですね。それにしても藤田先生の一角が異様な雰囲気だ。
『笑うカイチュウ』
『獅子身中のサナダ虫』
『空飛ぶ寄生虫』
『清潔はビョーキだ』
『ウンココロ』
『サナダから愛をこめて』
『パラサイトからの教え』
などなどのタイトルが並ぶ。まぁ藤田先生が腸の権威なのでこういった臭いになってしまうのだろう(笑)。
藤田先生は、「脳」は「腸」と非常に強くつながっていて、かつ「脳」はバカで「腸」はかしこいのだと言われる。
《日本では、周りと違うとわかれば、村八分にされるのが一般的です。このように、周りと同じでなければいけないという強迫的な考えは、脳だけが幸せな気分であることを追求した結果、引き起こされた利己的な脳の暴走によるものだと私は思います。(中略)そして、脳をコントロールするときに大切な役割を果たすのが「腸」です。》
「脳」と「腸」って深く連関しているのだなぁ……と藤田先生の著作を読むと思うのだった。
「腸」は「ちょう」なのだけれど「はらわた」とも読みますよね。「はらわた」って読むといろいろ「脳」に関わる言葉が出てくる。
「はらわたが煮え返る」
激しい怒りをこらえている様子ですよね。人生を長くやっているといろいろおもしろいことがありますな。「はらわたが煮え返る」ほどのことはないけれど「はらわたが煮える」くらいはあって、その時は本当に「腹わたが燃えかえり、胸の虫がむかむかとこらえかね候」(浄瑠璃・百日曾我)なんてことになる。
「はらわたにしみる」
心(脳)に強い感動を覚えることを言う。
「はらわたを断つ」
これは強い悲しみの表現である。「断腸のおもい」ってやつですな。
「はらわたが腐る」
明治の政治小説家の末広鉄腸は「少しく地位を得ると直きに腸(はらわた)が腐て仕舞ったと見える」などと使っている。
腸(はらわた)が心と深い関係にあることは、前近代でもはらわたった、間違えた、知れ渡っていたんですね。