男はつらいよ 寅次郎の告白

男はつらいよ」シリーズの第44作。渥美清の体力が落ちてきているのだろう。前作から、恋の主人公は甥の満男(吉岡秀隆)に移りつつある。満男のマドンナは高校の後輩の及川泉(後藤久美子)で、寅さんはこの2人の若者のアドバイザーという立ち位置をとっている。
 この時の話は、名古屋在住の泉ちゃんが、東京での就職活動に失敗し、母親の結婚問題に直面し、「日本海が見たいから……」という理由で鳥取に旅立つ。
 ううむ、名古屋人が日本海を見たいと思った時に、鳥取が浮かぶかなぁ……普通だと福井あたりの越前海岸や能登半島ではないだろうか。泉ちゃんは、東京に長かったから、それでも鳥取まではイメージが飛ばないような気がするんだけど。
 それにまったく同じ場所(鳥取県倉吉)に偶然にも寅次郎が来ているというのは、いかにも安直なシナリオだ。ただ、寅との偶然の再開の直前のエピソードはいい。
 記憶だけをたよりに書くので少しいい加減です。

 
〇駄菓子屋(中)
ガラス戸越しに外の道が見える。そこを通りかかる泉。
泉、店の中に入ってきて、
泉「あの〜、アンパンをもらえますか?」
老婆の声「勝手に出してくんな」
 泉、蠅帳の引き戸を開けてアンパンを取り出す。
泉「ここで食べてもいいですか」
老婆の声「いいよ」
 店先の椅子に腰かけて、アンパンを食べ始める泉。
 その様子を、座敷から不審げに見る老婆(杉山トク子)。
老婆「お茶をいれてあげるからこっちへおいで」
 泉、店先から店つづきの座敷の上り框に移る。そこでアンパンの残りを食べ始める。
 老婆、お茶をいれて泉に勧める。
 店で子供の声がするので、立ち上がって画面から消える。
 老婆、もどってきて、
老婆「お腹がすいとるんじゃろ。もうすぐ夕飯だけん、遠慮はいらん。食べていきんさい。わしゃ独り暮らしだけん、なんも気兼ねはいらん」
 老婆の申し出におどろく泉。
 老婆、流しにいって、棚から鍋を取り出しながら。
老婆「そのかわり豆腐を買ってきてくれんかね」

〇駄菓子屋(外)
 店から鍋を抱えて走り出てくる泉。

 と、まあこんなシーンですわ。設定としては泉と老婆は行きずりの関係で、泉がいくら思いつめた様子とはいえ、なにもここまで老婆が踏み込むことはない。現実には、駄菓子屋を営む老人がここまで親切だとも思えぬ。しかし、昭和の日本に郷愁を感じるワシャとしては、こうあって欲しいと思っている。
 その後の話の中で語られるが、老婆はかなり苦労をしてきたらしい。苦労をしてきた人間は、人の心の機微のようなものが見えるようになる。おそらく泉が店の敷居をまたいだところから、老婆には泉の悲しい心情が伝わったのであろう。この娘は、このまま立ち去らせてはいけない、そう思った。それがこの老婆のもつ「人情」であり、平成に入って薄れつつある「人情」というものではないだろうか。
 48作の中でも、大好きな挿話がこの「倉吉の駄菓子屋」である。