昼過ぎから天候が回復した。リビングの西向きの窓から、裸の百日紅越しにやわらかい日差しが射しこんでいる。遅い昼食をすませ、その陽だまりにごろりと横になって新書を読み始めた。気持ちのいい午後だ。
数ページも進まないうちにうとうととしてきた。本が手から滑り落ちるのに気がついたけれど、睡魔に身を委ねてしまった。
ぼくしかいない家の中でテレビだけがお喋りをしている。
どのくらい時間が過ぎたのだろう。日差しは部屋の奥まで入りこんでいる。眠っているぼくの耳を、舌たらずの女性の歌声が撫でた。太田裕美の「木綿のハンカチーフ」だった。
夢うつつで1番を聴いて、2番で起き上がり、モニターに映る太田裕美を確認した。懐かしいな……確か、昭和50年のヒット曲だったよね。
この曲は悲しい。東京に旅だった若者と、故郷で彼の帰りを待つ少女の往復書簡である。
男「ぼくは東京に行くけれど、東京で君への贈物を探すよ」
女「欲しいものなんてないわ、ただ東京に染まらないで帰ってきてください」
男「今、東京で流行っている指輪を送るよ」
女「どんなものをもらってもあなたのキスほどきらめくはずないわ」
男「スーツ姿の写真を送るよ。都会的だろ、似合っているだろ」
女「わたしが好きだったのは草に寝転んでいたあなたよ。東京は寒いでしょ。からだだけには注意をしてね」
男「東京の日々は刺激的だ。君のことをあまり思い出さなくなった。もう故郷に帰るつもりはない」
女「最後に一つだけ贈物をください。涙をふく木綿のハンカチを1枚ください」
この手紙を最後に2人の往復書簡は途絶える。
若者は盛り場のゴミ箱に少女の手紙を丸めて捨てて、都会の仲間とともにディスコに向かった。そして故郷の少女のもとにハンカチは届くことはなかった。
というような悲劇じゃった。
この物語は昭和50年だから成立した。あの頃、地方から東京は遠かった。電話料金もべらぼうに高かった。おいそれとは連絡の取りようなどなく、離れ離れになった恋人たちは手紙でしか想いを伝えられなかった。今では携帯がいつでもどこでも恋人をつないでいる。動いている姿かたちですらタイムリーに送れる。
便利にはなったが、う〜む、味気なくもなったのう。