読書遍歴(続き)その1

 最初の読書の転機は就職してからだった。社の企画部門に配属されたときにKという上司と一緒になった。この人が読書家で、昼休みになると必ず本を繰っているような人だった。
 たまたまその日、Kさんは司馬遼太郎の『街道をゆく』の単行本を読んでいた。カバーが綺麗だったのでぼんやり見ていると、Kさんは人懐っこそうな目を上げて、「司馬遼太郎、好き?」ときいたのだった。
 好きも何も、まともに読んだことがなかったので正直に答えた。
「昔、読みかけたことはあったんですが、どうにも読みにくくて途中で投げ出しました」
「どんな話だった?」
「よく覚えていないんですが……日露戦争前夜の話だったと思います」
「じゃあ『坂の上の雲』だね、面白くなかった?」
「なんだか文体に馴染めなくて途中で読むのを止めてしまいました」
「ふ〜ん」
 その翌日、Kさんが2冊の本を貸してくれた。司馬遼太郎の『燃えよ剣』だった。この本は面白かった。ヒーローの登場しない『坂の上の雲』とは違って、土方歳三という明確なキャラクターがドラマを引っ張って行くから分かりやすい。この本が切っ掛けとなって小学校以来くすぶっていた読書欲に火がついた。それでも月に30〜40冊といったところが精一杯だった。
(火がついてどうなる?下に続きます)