竜の里の祭り

 天竜という川がある。愛知県と静岡県の境を流れる急流のことを言う。むかし中学校の社会科の授業中、地図帳を眺めていて、「あれ?龍がいる」と思ったことがある。よく見れば中部地方の地図の中央辺りに北から南に真っ直ぐ流れる天竜川の青い線だった。もし手元に地図があったら見てください。ちょうど浜松市の東辺りに角が出ていて、うねった胴体を上に辿っていくと静岡県天竜市の上や佐久間町の付近で手がでているのが見て取れる。更に上っていくと長野県天竜町のところで両の足が出ているのが判るだろう。とくに天竜村から佐久間町の間が急峻で、まさに竜が激しくうねっているようなのだ。
太平記』一四に《官軍引退箱根事に建武二年(1335)新田義貞の軍が天竜川河東の宿に陣した》と書かれているのが天竜川の初見である。こんな昔からこの川は天竜と呼ばれていた。しかし誰が天からこの川の全体を俯瞰し「竜に似ているから天竜と名付けよう」と思ったのだろうか。川は日本全国に存在している。その数多ある河川の中から、この川がその名に一番相応しいことを見破ったのは誰なんだ。もしかして神様?不思議なこともあるものだ。

 その不思議を抱えたまま、ぜひ、この時期に奥三河を訪れてほしい。深閑とした過疎の村に神々が降臨するのである。耳を澄ませば「テーホヘテホヘテホトヘテホヘ」笛と太鼓の音にのって奇妙な声が聞こえてきた。

 花祭りである。
 
 この霜月神楽に魅せられて、何度も奥三河に足を運んでいる。よく行くのは古戸(ふっと)と言われる集落である。小さな古びた公民館で夜通し踊り続ける。奇祭と言っていい。鎌倉時代から連綿と伝承されてきた国の重要無形民俗文化財は、今、消えかかっている。愛知県豊根村間黒集落が、今年まで続けてきた花祭りを来年は中止することを決定した。過疎と高齢化で存続するのは不可能なのだそうだ。それも仕方あるまい。バカな政治屋どもが地方を、田舎を破壊しつづけてきたんだから。
嗚呼、芸能のまさに原点と言っていい神楽が消滅していく。消滅すれば二度と再生することはない。800年も続いた伝統を、この時期にむざむざ失っていくとは……
 きっと後世の人々は言うんだろうね、「昭和から平成に生きた先祖は、文化遺産の大切さを知らぬ身勝手なバカばっかりだった」と。
 奇祭の残り火を見ておきたい方は急がれよ。日程は以下に。
http://www.town.toei.aichi.jp/04_kanko/hanamatsuri.html
http://www.vill.toyone.aichi.jp/2_kankou/1_maturi/01.html
http://homepage2.nifty.com/tsugumura/index.html