昨日の午後のことである。たまたま豊田に所用があったので、長そでシャツにジャケット、スラックスという堅めの格好で車に乗った。さすがに豊田市の中心市街地まで流星号(自転車)では行けない。
自宅から出て、住宅街の道をゆっくりと走る。わき道から子供が飛び出してくることもなきにしもあらずだからね。ゆっくり住宅地を抜けて、県道沿いにあるコインランドリーのところで市道から県道に左折すれば豊田方面に行ける。
コインランドリーに差し掛かったところで、前方30mの県道の歩道を右の方から走ってくる自転車に気がついた。とはいっても30mあるので、ワシャの車と交差点で出くわすタイミングではない。歩道の手前の停止線に到達する前に過ぎてしまうだろう。
そうしたら!
自転車に乗っていた白髪頭のオジサンが、県道と指導の交差点に差し掛かる前に、足先を進行方向に伸ばすような恰好で宙に浮いた。自転車はそのまま交差点に突っ込んで倒れ、カゴに入っていた荷物を周囲にばらまいた。
オジサンが、スローモーションを見ているように、ゆっくりと歩道上に落ちる。落ちるというよりも叩きつけられた・・・そんな感じか。
おかしいでしょ?人が自転車から突然宙に浮いて、足から頭まで一直線、道路と平行になったんですぞ。
ワシャはあわてて、車をコインランドリーの駐車場に停めて、舗道に真っ直ぐに倒れているオジサンのところに駆け寄る。その時におおむねの情況が分かった。歩道とコインランドリーの駐車場は一体となっている。当然、両者の境界には側溝があり、そこはしっかりとコンクリートの蓋が被さっている。その境界にコインランドリーの看板が立っていた。この看板の下部に白髪オジサンは顔面をぶつけて転倒したのである。
オジサンがむくりと起き上がった。額から右頬、右肩のあたりに血が流れている。これは大事だ。ワシャは車にもどってティッシュの束をつかむと再度オジサンのところに駆け戻って、「傷口を押さえなさい」とティッシュを手渡した。さらに「救急車を呼ぼうか?」と問いかけると「いい」とぶっきらぼうに答える。その間も血が滴り落ちている。
そこへロードレーサー(自転車)に乗ったオジサンが通りかかった。こっちのオジサンはヘルメット、自転車用スーツ、手袋と完全装備の人。やはり白髪オジサンに「どうしたの?」と声をかける。しかし白髪オジサンはワシャのティッシュで額を押さえたまま、無言でコインランドリーに向かう。
白髪オジサンの後方を走っていた中学生4人も駆けつけてきて、「大丈夫ですか?」とか口々に白髪オジサンの心配をする。
「前を走っていた人が急に飛んだんだよな」
「目の前でひっくり返ったからびっくりしちゃった」
「血が出てる」
「こんな事故見たの初めて」
とかなかなか喧しい。
ちょうど学校の先生のような恰好をしていたワシャが「ありがとうね、でも大丈夫だから心配しないでね」と子供たちの整理をすることになった。
ワシャが中学生担当になってしまったので、ロードレーサーが必然的に怪我人対応となった。白髪オジサンはコインランドリーに入って洗面蛇口のところで傷口を洗っている。
しばしそれを見守っていたロードレーサーは、踵を返してワシャのところへ来た。
「もう少しティッシュペーパーないですか?」
というので、車に乗せていたティッシュボックスを丸ごと手渡した。
子供たちも心配している様子(好奇心かも)でコインランドリーの内外をウロウロしていたが、ワルシャワ先生が、「よーし、そろそろ解散しようか」と子供たちに声尾をして、コインランドリーから外に誘導した。ロードレーサーもワシャのほうを見て頷いていた。
「もう君たちは行きなさい。転ばないように気を付けて行くんだぞ」と声をかけると、中学生4人は「は~い」と元気よく返事をし、ヘルメットをかぶると中学校の方へ走っていった。
コインランドリーを覗くと、ロードレーサーが白髪オジサンと何かを話していて、振り返るとワシャに向かって、掌を見せて振った。ガラス越しだが「大丈夫?」と聞くと、ロードレーサーはコクコクと頷いた。
で、ワシャはロードレーサーに頭を下げると車に乗って豊田に向かったのだった。