先月の定例読書会の課題図書が『帝国憲法物語』だった。1月27日の日記
読書会は楽し - 遼東の豕には、木戸孝允の優秀なことを知って《幕末の修羅場を経験した秀才たちが明治時代を創ったことは日本にとって善いことであった。》と書いた。
明治維新が成って、それから36年で今度は世界の強大国のロシヤとタイマンを張って勝利するほどの国力をつけたのである。木戸、大久保たち幕末の志士が命を賭して明治の時代を先導してくれたおかげで日本は世界の一等国として名乗りを上げることができた。たった36年ですよ。これが日本の底力と言っていい。
さて、現代日本である。平成2年(1990)に株価の暴落が始まってバブルがはじけた。明治の日本は36年で国力を充実させたが、平成以降の日本は36年で国を崩壊へと導いている。国民の税負担は上昇の一途をたどり、移民の受け入れは天井知らずだ。バブル以降の日本には木戸も大久保もいなかった。代わりに誰がいたかというと、財務省を頂点とする巨大官僚組織と、そいつらがチラつかせる利権によだれを垂らして群がる愚かな政治家たちだった。それにまた地方や財界の権力者どもが寄せ集まってくる。
キラリと光る政治家もいた。けれど、数が力という「民主主義」の下では木戸や大久保は現れない。これも悲しい現実と言っていい。
明日、2月8日は明治37年(1904)に日露戦争が始まった日である。
この日、日本軍は朝鮮の仁川港に輸送船を着岸させ、歩兵部隊を上陸させようとしていた。この時にロシヤの砲艦が砲を向けてきたために巡洋艦浅間が阻止行動に出、砲撃を加えた。ここから日露の戦争が始まったのである。
どこぞの国にレーダー照射を受けても何も言えない腰抜け国家とはちょいとばかりモノが違いますね。
ワシャは戦争など大嫌いだ。しかし、国民が拉致されても、舟艇に攻撃を受けても、屁もこけないような腰抜けはもっと嫌いだ。
日露戦争の始まった日に国民の審判が下る。有権者が賢明だと信じたいが果たしてどうだろう。2月8日から日本の新たな時代が始まるのかどうか。吉報を待ちたい。