百田議員に米山議員が物申す

米山隆一氏、広島の平和記念式典「過ちは繰り返しません」への百田尚樹氏の異論は「過ったもの」》

https://news.yahoo.co.jp/articles/44f69bfdc2a64d8628bdc4fc5c902d9f6af29f63

百田参議院議員と米山参議院議員との論争は、の平和記念公園に建立された原爆死没者慰霊碑に刻まれた碑文「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」についてである。

 百田議員の疑問は、「なぜ原爆投下をされた広島市民が『過ちは繰り返しません』と言っているのか?」という単純な疑問である。これに対して米山議員は「戦争を開始した日本にも過ちがあり、原爆を投下した米国にも過ちがあるという極めて真っ当な言葉」だと反論する、

 記事中には、碑文を揮毫した広島大学教授の言い訳も載っている。

広島市民であると共に世界市民であるわれわれが、過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである。『原爆投下は広島市民の過ちではない』とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない」

 とわけの分からぬ説明をしているが、「世界市民」という単語が出てくる時点で、この教授とやらが左巻き系の思想を持っていることが理解できる。そもそも人種、国籍、思想、歴史、文化、宗教などの違いを乗り越えられるわけがなかろう。10歳程度の幼い少女を妻として性交渉をする文化、共産主義と言いながら一族一派から世襲して国家を牛耳る連中、それこそ宗教については何千年経過しようが乗り越えられるものではない。

 荒唐無稽なお花畑思想に乗っかって、「世界市民としての広島市民だから『過ちは繰り返しません』と反省をするべき」と主張するのは間違っていると思う。

 米山議員は「戦争を開始した日本にも過ちがあり」と言っているが、それは違う。そんな一言で決めつけられるほどあの戦争の端は簡単ではない。極めて複雑な国際情勢や共産主義者の暗躍があり、どちらかと言えば「戦争を開始させられた日本」というのが一番近いところではないか。

 日本人は人がいい。これは現在でも世界共通の認識と言える。それがアナタ、100年前ですぜ、今の日本人よりはるかに躾が善く、他者に慮ることを子供の時から叩き込まれている素直な日本人。その中で純粋培養されたエリートたちが、海千山千の国際政治の中でまともな勝負ができるわけがない。だから軍官僚どもは欧米や共産主義者に手玉に取られて、ずるずると泥沼に引っ張り込まれてしまったのである。

 長くなるのでこのくらいにしておくが、米山議員、平成令和のエリートを自認しておられるようでゲスが、ホント、東大卒→政治家ってのに碌な人材はいませんね。もう少しマトモな勉強していただかないとね(笑)。