サンドイッチマンの日?

 いやぁ~、久しぶりにのんびりした朝を迎えたわい。先週の土日も午前9時には会社に出勤していた。1月末からそんな状態が続いていたので、最後ののんびりから1ヶ月半くらい経っている。

 のんびり~すると逆に頭も働かないかもね。もう2時間くらい書庫の机の前に座っているんだけど、なんにもでてきまへんで。

 そうしたらね、こんなものを思い出した。

《「開運 勝カレーサンド」-浦賀のパン店、咸臨丸フェスにちなみ販売》

https://yokosuka.keizai.biz/headline/540/

 これはカツレスにカレーを合せてフランスパンにはさんだもので、美味しそうですね。下のは、銀座スイスのカツカレーサンド

https://yuizen.cqree.jp/premium/lunch?lunch_id=9428&provider_id=820

 ワシャ的にはこっちのほうが食いたいでゲス。

 なんでこんなことを思い出したかというと、3月13日が「サンドイッチ記念日」だからなんですね。3(サン)と1(イッチ)、さらに「313」で1を3でサンドしているからなんだとか。そこから「勝カレーサンド」に発想が飛んだっちゅうわけ。

 

「咸臨丸」、「勝海舟」とくれば、『氷川清話』(講談社学術文庫)を引っ張り出さざるを得ない。この勝海舟の座談の中でもワシャが好きなのが「大権力・大責任・大決断」という話である。

 西南戦争が始まった時に、岩倉具視が勝に「急ぎ鹿児島へ行き、西郷を説諭して、兵乱を鎮めてくれ」と依頼した。これに対して勝はこう断ったという。

「西郷が求めている大久保利通木戸孝允を罷免するという大決断をしてくれ、大権力を与えて交渉に当たらせてくれるなら、大責任を果たそう」

 これに対して岩倉は「大久保、木戸はどうしても切れない」と言う。

「だったらヤンピだ」

 と、勝は西郷の説得工作をやらなかった。

 大事業を成そうというとき、その責任者にある程度の権力を与えてくれないと、仕事はなかなか進まない。

 卑近な例だが、ワシャの知っている凸凹商事のT課長は、かつて大きな事業を2つ上層部から課せられたことがあった。Tはもちろん仕事なので上層部の命に従った。しかし、上層部に「事業を成功させるために事業に関する決定権をある程度認めてほしい」と伝えた。もちろん会社には決裁規定があって、社長決裁、副市長決裁、本部長決裁とかがあって、課長の決裁権など高が知れている。もちろんルール上は規定通りに判子を貰うんだけど、この2つの事業に関しては課長が「了」としたものは、その上も認めてほしいと上に言ったんですね。

 社長も本部長も概ね理解してくれたんだけど、自尊心の強い副社長は納得しなかった。事業実施中は「面会謝絶」で課長を無視。副市長派の抵抗、妨害もかなり大きくなった。

 それでも、T課長はいいメンバーに恵まれて、その2大事業を成功させた。論功行賞から言えば、褒められてもいいと思うんだけど、副社長の祟りで、その後、事業終了を待って、遠い支店に左遷をされたのだった。

 T課長、勝海舟のようにはできなかったんだね。

 さて、勝の話には後日談があって、西南戦争旗揚げの前に、西郷の腹心の桐野利秋がこう言ったという。

「旗揚げのことが政府に知れたら、今に勝麟太郎が誰かの密旨を受けて、やってくるでしょうね」

 これに対し西郷の答えがいい。

「バカを言え、勝が出かけてくるものか」

 と笑っていたそうな。

 江戸城開城で敵同士でありながら無血でことを収めた西郷と勝、「肝胆相照らす好事例だ」と勝自身が言っているほど、相互のことを理解していたのだ。お互いに大権力を持たせてもらい、その代わり大責任を負い、大決断をする、だからこそいい仕事ができるのである。権力を小分けにして、あるいは無能なものが権力を掌握し、大責任を負わず、悪い結果はすべて人のせいにし、大決断をしない・・・これじゃあ大きなことは成せるわけがない。

 そうだ!最後に思い出した。1968年3月13日は「江戸城開城談判」の日でした(笑)。