性懲りもなく「天声人語」

 今朝の「天声人語」がまた手抜きの見本。起こしの文章はこれね。

《落語にはよく、けちん坊が登場する。梅干しは食べるとなくなるので、見るだけという人がいる。口の中にすっぱい感じがしてきたら、すかさずご飯をかきこむ。そうかと思えば鰻(うなぎ)屋の隣に引っ越したのをこれ幸いとする人もいる▼焼き上がる鰻の匂いをおかずにすれば、倹約ができるというわけだ…》

 起こし(まくら)で「落語」の話を使うなら、「まくら」の名人だった小三治に触れなきゃダメでしょ。小三治師匠の訃報が流れたのが10日の夕刻だった。そこから12日の朝刊の出稿まで30時間以上の時間はある。だったらすでに何日も前に出来上がっている原稿なんだから、タイムリーに手を加えなさいよ。時事ネタにフィットするようにさ。

 例えば「名人小三治さんが亡くなられた。ご冥福を祈りたい。」と頭に入れておいて、「小三治さんはあまり演らなかったが、『しわいや』という吝嗇噺がある。そこに登場するけちん坊は、梅干しは食べるとなくなるので、見ているだけという人がいる・・・」と、つなげれば自然でしょ。まくらで小三治を入れておいて、その後の「岸田総理批判」につなげればいい。

 駄コラムの締めは、岸田総理の経済政策にさらなるケチをつける。隣の鰻屋の主人がケチな男に「匂いの嗅ぎ賃」を請求に来たことを例に挙げて、匂いだけの公約で国民に「嗅ぎ賃」を寄こせと言っているのではないか?と疑問を呈す。

 まぁそういう平凡なオチなんですね。せっかく小三治師匠のニュースが同じ紙面にでかでかと載っているのだ。小三治師匠が言っていた「政治家も、落語を聴けっていうんだよ。そうすれば何が本質か、わかってきますよ」くらいを使って、たまには読者を唸らせてみろよ。

 絶好のネタで、絶好のタマ(コラム)を打つ。これがコラムニストの矜持だと思いますが、いかがでしょう。

 半分居眠りしながら書いているんじゃねえぞ。

 

 追伸なんだけど、朝日新聞を読んで、そのマヌケさに驚いて日記を書いた。その後、中日新聞をくつろげ、目を通したのだが、おいおい、中日の1面コラムの「中日春秋」はきっちりと小三治ネタでやってまっせ。師匠の十八番の「青菜」「小言念仏」について触れている。これについて触れたのはワシャのほうが1日早かったけどね(笑)。それでも「小三治ネタ」を使っているから、朝日よりもよほど上等だ。

「もしや?」と思って、その他の新聞も確かめたが、読売新聞の「春秋」も、日経新聞の「編集手帳」も、毎日新聞の「余禄」も、み~んな「小三治ネタ」ですぞ。今日のコラムに「小三治ネタ」をもってくるのは鉄板だということです。それができなかったのは「天声人語」のみ。この新聞社の凋落ぶりがここからも窺える。

 こんな手抜きの駄コラムを、子供たちに有料で書き写せと誘導するのは恐ろしいことである。日本の国語力を貶めようとする陰謀でもあるのか。