男と女

 朝日新聞の大好きな「多様性」、今日の朝刊1面に《多様な性 問いかける 女性に性別変更の選手 きょう出場》とある。ネットではこれね。

《五輪に初のトランスジェンダー選手 制度も理解も道半ば》

https://news.yahoo.co.jp/articles/cf703a1b5a8bc15d320615cd9f8252928cf32f37?tokyo2020

 スポーツで平等や公平を実現するための動きとして、トップに写真入りで紹介されいるのは、ニュージーランドの重量挙げの選手である。

 でもこれってホントに公平なことなんだろうか?ワシャは専門的なことは解らないけれど、男と女では骨格的なものも違うし、そのそも筋肉の付き方でも男のほうが有利ではないのか?とすると、トランスジェンダートランスミッションかよく知らないけれど、途中から女になる人のほうが、基から女だった人よりも骨格も筋肉量も上回って当然だと思うのだが・・・。

 朝日新聞は、トップ面の記事以外に他の2面で、この件についての記事をでかでかと載せている。ホントに多様性が好きですな。

 ワシャは性差というのは男女の二種類でいいと思っている。単純に生まれた時にどっちの性器がついていたかで決めれば簡単だ。途中で、切ろうが付けようが、最初に神様が決めた性でオリンピックに出ればいい。性ホルモンの血中濃度だとかで決めるという手段もあるようだが、「生まれた時の性で出場を決める」で、何か問題があるのだろうか。

 とにかく、宮廷に入るためにチ〇ポを切ってしまうという文化を持っている国もある。金メダルをとるために金をとるということを厭わない文化があることを忘れてはいけない。そして金とり金メダルで大金を保障されるとしたら、どうなんでしょうね。

 ワシャは、ソープランドにもキャバクラにも行ったことがない。野球観戦とか競馬競輪にも行かない。好きなのは歌舞伎とか観劇とか美味しいものを食べることで、どちらかというとオバサンのような男だ。しかし、オジサンのような女もいるし、それぞれがオジサンもオバサンも持っているのがあたりまえではないのか。

 以前にも書いたけれど、ワシャはトイレで女性清掃員がいると用を足すのを憚る。そういった意味での多様性は現実にあって、だからこそオリンピックなんかは、単純に「男」と「女」で分ければよろしい。

 そんなものを厳密に区分し始めたら、男女別以外にいくつの区分をしなければならないか。そんな無駄なことはしないほうがいい。