隣の反社

 今日の読売新聞の1面が《中国、「台湾有事」演習 連日実施 日米けん制》という記事。この手の演習が連日行われているという。ご苦労なこって(笑)。

 茶化しているわけではない。海軍というと、やはり先の大戦で死力を尽くして戦った日米が絶対的に秀でている。戦うノウハウを持っていると言い換えてもいい。そしてやはり七つの海を支配していた大英帝国の海軍力は強いですよ。歴史・伝統というものは、凄まじい底力を持っている。

 おっと、支那の記事の下に《日英、対中で連携一致 インド太平洋英哨戒艦 常駐へ》という見出しが躍る。

 これでんがな。「日英」という字面の見栄えのいいことといったらありゃしない。なにしろこの「日英」同盟で極東に食い込もうとした大帝国のロシヤを撃沈したのだから。

 これにオーストラリアやインドが加われば、日米とイギリス連邦の連携となるわけで、これは・・・申し訳ないが、昨日今日できたばかりで、海戦経験のまったくない支那海軍では、太刀打ちできる相手ではない。

 さらに、付け加えると、漢人の民族性のというか、歴史に培われてきた人民性というのか。なにしろここぞというときの「ガッツ」はとても砕けやすいのだ(笑)。確かに4000年もの永きにわたり、多民族から侵略を受け続け、なにかあったら抵抗するよりも先に尻に帆かけてしゅらしゅしゅしゅ~と生き延びてきたのである。これはバカにして言っているのではない。それほど苛酷なところだったのだ。支那王朝でも、元やら清やら異民族が天子に治まることも多々あった。そういった苦労の歴史の上に出来上がった民族性は、一朝一夕では変わることは(残念ながら)ない。

 司馬遼太郎の『坂の上の雲』にもそのあたりのことが詳細に書かれている。

《隣国の清帝国もようやく近代化にめざめている。李鴻章が宰相になり、艦隊を整備し始めたのは明治十二年ごろからであり、大国だけにその規模は最初から雄大で、北洋、南洋、福建、広東という四大艦隊を併立させ、あわせて軍艦八十二隻をもち、そのうち対日本防衛のための北洋艦隊が最大であった。》

 この艦隊群の中でも「定遠」「鎮遠」は世界最強といわれている戦艦であり、これを見せびらかすために横浜港に清艦隊が現われた。この艦に搭乗した日本人ジャーナリストが「乗組将士の状態は士気旺盛とはいえない。実戦にのぞんでは日本将士の敵ではない」と看破したが、結果としてそのとおりになっている。

 今、中国共産党は異常な軍拡を進めてきている。もちろん日本はこれに油断をすべきではないし、むしと日本も軍備予算を増強していくべきだと思う。

しかし、民族性というものは100年程度では変化するものでもないし、しょせんは、その出自から言って、巨大盗賊集団でしかない。どれだけ華美にはしろうとも、どれほど強力な軍備を見せびらかしても、結局、立脚しているところの脆弱性は誤魔化しようがないのだ。

 チベットも、ウイグルも、南モンゴルも、それぞれの民族に返して、残りの部分も1億~2億くらいの適正な人口(これでも多いくらいだが)に分割したほうがいい。そして連邦を組めばいいじゃないか。そのほうが支那大陸に住む人民のためになるし、なによりも国際社会の秩序にいい影響を及ぼすだろう。習近平が賢明な人物であるなら、そういった方向性を模索してほしいが、ううむ、難しいか・・・。