避難のカスケード

 偏向報道の強いNHKであるが、昨夜の「NHKスペシャル」は震災当時の状況を淡々と伝える本来の報道姿勢で成功した例と言っていい。題は《震災の10年「津波避難」》。とくに印象に残ったのは、石巻市立門脇小学校に関わる避難行動についてである。

 3月11日、津波石巻に押し寄せた。海岸から800m地点にある門脇小学校は避難所指定されていた。なにか災害があれば小学校の南側に1平方キロの長方形に拡がる門脇町、南浜町の住民は取りあえず小学校の校庭に集まる。地域の地震被害がひどければ、そのまま体育館へ移動して避難生活に入る計画になっていただろう。

 しかし、あの日は今までの地震とは違っていた。地震が襲い、その後に巨大な津波が浜に押し寄せてくる。石巻で6mというから通常の住宅の屋根を洗う高さであった。

 この時の門脇小学校の校長先生がよかった。女性の方なのだが、女性だからこそ冷静な判断ができ、子供たちをさらに避難させる方向に誘導した。お見事!

 この門脇小学校のケースは、ひとえにリーダーの重要性を知らしてくれた。

 災害に、災害情報に触れた校長に躊躇はなかった。ここは他の教師たちと協議をしている場合ではなく、己で決断をする、それだけだった。

 門脇小の校長は見事にそれをした。とにかく裏山である日和山に全校児童を避難させること、これを実行した。

 この時に校内にいた240人の子供たちは全員助かっている。まさに女校長の力量が子供の命を救った。そして4人の教師を連絡役として学校に残す。その後に避難してくるであろう父兄、住民への情報伝達のためにである。

 これがまた功を奏する。「子供たちは全員、日和山に避難しました」という情報は避難住民の心も動かした。

「子供たちも非難したならわしらも日和山へ行くべ」

 というムーブメントになって、住民たちは次から次へと避難を開始する。そして助かった。

 まず校長が率先避難者として行動する。それに誘導されて子供たちが、住民が、連鎖して行動を起こす。これを防災用語で「避難のカスケード」と言う。

 

 まったく逆の結果になってしまったのが、同じく石巻市にある大川小学校だった。地震直後、子供たちは校庭に集められた。点呼をとり、そこから教師たちによる「避難場所をどこにするかという協議」が始まった。これには地域住民も参加していたという。どちらにせよ、小田原評定は時間を浪費するばかりでまともな結論は出ない。結局、この時の大人たちは、川に向かって子供、父兄、住民を行進させることになった。校庭にいた78名の児童のうち74名の尊い命が失われた。

 大川小学校のケースでは、リーダーがいなかった。教頭が、居合わせた地区の区長に「山へ上がらせてくれ」と懇願し、区長は「津波がここまで来るはずないので、標高高い川沿いの三角地帯に行こう」と提案を認めなかったという。

 教頭先生、そうじゃないんだ。あなたが言うべきは「山へ上がる」だった。津波は発生している。そこのことは情報として入っていた。だったら、少しでも高いところに迅速に避難する。それが最優先だ。地元の訳知り顔のオッサンの言うことなど真に受けてはいけない。実際に山に逃げようとしていた児童もいる。それを止めたのは大人たちだった。

 

 危機の時、適切な判断ができるリーダーがいるかどうか?このことが集団の明暗を分ける。

 そして、くだらない協議ほど意味のないものはない。直感で避難行動を開始する。「つなみてんでんこ」である。おそらく山へ逃げようとしていた子供たちの中にも、現状を変えることに躊躇する大人たちに誘導されたがゆえに命を落とした子もいるし、父兄もいただろう。

「運」としか言いようがないけれど、大川小学校に麦脇小学校の校長がいたら、被害はでなかったかもしれない。

 

 ことほど左様にリーダーの存在というものは大きいのだ。それは国家でも自治体でも会社でも同様で、状況判断ののろいリーダー、センスのないリーダー、虚栄ばかりで自己保身しかしないリーダーを乗せた組織の命運はそれほど長くもつまい。

 避難のカスケードの頂点に立つリーダー、おのれはカスケードの天辺に居るんだということを強く自覚して、迅速に行動を開始しろ。