司馬遼太郎の『街道をゆく』の36巻が「本所深川散歩、神田界隈」である。この中で陸羯南と俳聖子規のことに触れている。引く。
《陸羯南も多病で、よく休んだ。子規はそのつど羯南を見舞い、羯南のほうも子規がやがて重病(脊椎カリエス)の床につくとしばしば見舞いにきてくれた。激痛のときなど、羯南が手をにぎってくれると、痛みがやわらいだという。徳のある人というものはふしぎなものだ、という意味のことを、子規はロンドンの漱石に書き送っている。》
陸羯南のことを「徳」という言葉で表現している。司馬さんもどこかの文章で陸羯南を「徳のある人」と言っていたような。なにしろ司馬さん、子規の才能が好きで、「日本」という新聞社に集った羯南ら才人が活きていた神田が「東京のどこよりもなつかしい」と書いている。
その影響だろうか、ワシャも神田界隈が好きで、上京して時間があれば神保町から神田駅あたりをうろついているんですよ。今、ワシャの書庫に鎮座している『国史大辞典』全18巻も神田の古本屋で手に入れたもので、その他にも神田神保町散歩で買った本が数多ある。
さて、陸羯南のことを続けたい。『近時政論考』(岩波文庫)が課題図書であることは昨日ふれた。なにしろ文体が古く、かつ文庫のポイントが小さくて読みづらい。とくに明治前半の政治思想の変遷を語るところでは、「自由論派」「改進論派」「帝政論派」「国民論派」・・・などなどいろいろな「派」が説明されていて、それが混在して説明されているから、一旦この流れを整理しないとなかなか理解しにくいと思う。68頁まで読み進むと第三期、第四期の「政論派」の名称が整理してあって、そこで一息つけるんだけど、「早く出しといてよ」と思わず言葉が口をついて出てしまった。ワシャは、さらに『国史大辞典』の付図の「政党主要系統図」を参考にしながら読んだ。ちなみにこれから読む人のために簡単に説明を加えておく。
「自由論派」、板垣退助に代表される自由平等博愛を重んじる派。主権在民、自由民権、「万機公論に決すべし」を意識する。
「改進論派」、大隈重信を核となす。ヨーロッパリベラルを模倣する。個人主義思想、グローバリズムが強く出ている。不平等条約改正に奔走している。
「帝政論派」、福地源一郎ら。板垣の「自由論派」と連携している。立憲政体を是認し、維新の論功行賞を重んじる。要するに守旧派。
「国民論派」、陸羯南が推す論派。ヨーロッパ的ナショナリズムを体現する。陸がもっとも紙数を費やして語っている。文末にこう書く。
《君子のその真理を明らかにせんとするや、その説の時に容れられずを憂えず、その理の世に誤解せらるるを憂う。吾輩は特に国民論派のためにこれを言う。》
ワシャの歴史認識では、幕末から明治維新にかけては風雲の時代だと思っていて、竜馬や歳三、隆盛や益次郎などなど、綺羅星の如く降ってくる英雄の時代だと錯覚していた。だって大河ドラマでも戦国が明治維新でしょ。
そして西南戦争があって、その後の欧化政策があり、日清日露の戦役へと連なっていくくらいの認識を持っている。維新から日清戦争までの間の政治論争はあくまでも脇でしかなかった。しかし、こういったかたちでその時代の政論をジャーナリストの視点から読んでみると、ほとんど現在の問題、明治20年代に出ていたことが明らかだ。そしてなにより戦前の暗黒を騙りたがるサヨクがいるけれど、大日本帝国というのが、君主制を採りつつもいかに民主的な国家であったかが、この一冊から見えてくる。現在の支那に比べ、大日本帝国がいかに先進的な国家であったかがよく理解できる。中国共産党という野盗に近い出自をもつ集団に搾取されている支那は古(いにしえ)の漢帝国よりも劣っていると言っても過言ではない。
23ページには、中国共産党のことに触れていて《コムニスト党は務めて国権を拡張し、務めて民権を減縮して農工商の所業をも悉皆国家の自ら掌るを良好となす》と言って、これは「リベラル思想とともに謬っている」と指摘している。すごいな陸羯南。中国共産党ができる60年も前に中共の弊害を見極めている。というか、共産党のいかがわしさはすでにこの頃から言われていたものを、陸羯南の後ろに続く夥しい数のジャーナリストや政治家はこれを見ず、21世紀の今日、巨大なモンスターを極東に造り上げてしまった。
神田界隈から、話が拡大してしまったが、未だに中国共産党寄りの政論を吐く親中派政治家に、しっかりとした論理で政論をぶつけるべきである。
いけしゃあしゃあとこういった嘘をつける体制である。ここには自由も民権も平等も博愛もなにもない。陸羯南の言うとおり思想そのものが間違っている。
《中国、性被害証言は「うそ」 ウイグル女性の写真を手に非難》
https://news.yahoo.co.jp/articles/5e6d2c78be9a84df9b3777c98d39cb457bcfe5eb
中国共産党が性被害証言が「うそ」と言うなら、ウイグルの収容施設をすべて西側の報道陣に見せればいいだけのことだ。
例えば、日本の西三河の工場が「絶滅収容所」になっているという疑いがあるならば、西三河中の工場にマスコミ人を自由に出入りさせ取材をさせるだけのことである。そのことで日本も西三河もなにも困らない。
やれるものならやってみろ。それから相手を「うそつき」呼ばわりしろ。この「嘘つき体制」め!
気持ちのいい神田界隈の話が、クソ塗れになってしまった(謝)。