蜻蛉

「とんぼのめがねは みずいろめがね あおいおそらをとんだから とんだから」

 ワシャは虫の中ではトンボが格好いいと思っている。蝶々は粉っぽくって嫌だし、蝉は五月蠅いし、カナブンはゴキブリの親戚みたいだしね。

「トンボ釣り」って、もう死語なんでしょうね。ワシャですらそれほど鮮明に覚えてはいない。かすかに、小学校に入る前、近所のガキ大将に連れられて、市街地の南にひろがる田んぼに行って「トンボ釣り」をやった記憶が残っているくらいだ。

 

 ちょっと話が逸れるけど、そのガキ大将は、ワシャの家の前の時計屋の三男坊だった。ワシャよりも4つくらい上だった。だからガキ大将といっても、小学3年くらいの子供でしかない。しかし、兄二人に姉も二人いて、その末っ子だから鍛えに鍛えられて、ませた子供だった。

 そのガキ大将の周りに商店街のガキが、いつも10人くらい集合していたものである。大将は時計屋、副将は桶屋、床屋の子もいれば、判子屋、端切れ屋、染物屋、写真屋など、主力は商売屋のガキで、ワシャのように教師の倅というのは稀少だった。それでも祖母は、その商店街で和装の教室を営んでいたので、商売屋の端くれとも言えなくはないんだけどね。

 まあ、そんなガキの集団で遊んでいたわけだが、ワシャはまだ小学校に入る前の、チビチビだったにも関わらず、時計屋の横につねに置かれ、他の鼻たれとは別格の扱いを受けていた。ことのほか、時計屋に可愛がられていたのである。

 これには裏があってね(笑)。ワシャの祖母はワシャのことを溺愛していた。まぁ目の中に入れても気持ちいいくらいだったと思う。でも、躾には厳しい人でもあって、気が小さく引っ込み思案だったワシャをなんとか男らしく育てようと、いろいろ画策をしていたのだ。

 その中のひとつが時計屋の三男坊だった。こいつの悪ガキぶりは隣町まで聞こえていくほどだったが、所詮は子供のこと、もと駿府の武士の娘だった祖母からすれば、どれほどのこともない。

 餌付けではないが、お菓子を渡したり、ときには小遣いをくれたりして、手なずけて、かわいい孫のボディーガードにしてしまった。

 時計屋にすれば、強力なスポンサーの孫である。そりゃ粗末には扱えませんわなぁ。

 

 ワシャの家の隣りに同年の「ニャオくん」という子供がいて、そいつの親父は普通のサラリーマンだった。お婆さんもいたけれど、その人は時計屋の倅を手なづけるようなことはしなかったから、ガキのグループの中ではぞんざいに扱われた。

 しかしそれが「ニャオくん」を鍛えた。彼はタフに育って、ワシャは甘やかされたので、軟弱で上品な子供に育ってしもうた(笑)。

 

 そんな軟弱なガキでも「トンボ釣り」をしたものだが、今の子供は、ぞろぞろと集まって、ガキ同士で遊ぶなんてことはしないから、ワシャなんかより、さらに軟弱になっているんだろうね。て言うか、テレビゲームとかオモチャとかがふんだんにあるんで、トンボなんていく生ものを相手にしなくても充分に楽しいか。

 

 そんな霞みかけている記憶のあるせいだろうか、冒頭に書いたように、ワシャはトンボが好きだ。なんてったってフォルムがいい。広く両側に張り出した羽が飛行機のようではあ~りませんか。蝉も採りましたよ。でも蝉はずんぐりしていて不格好。蝶々は繊細過ぎて、腕白で力の加減のわからないガキには扱いが難しかった。だから比較的丈夫なトンボが扱いやすかったのである。

 

 いまだにトンボが好きでね、ジャケットの襟にはトンボのピンが挿してあるんです。

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 これは青いからシオカラトンボでしょうか。

 トンボって「勝虫」といって、武士階級には愛された虫だった。トンボは前にしか飛ばない、引くことをしないので、戦国武将などは好んで兜の飾りなどに使った。

 ワシャの好きな御園座の紋もトンボでゲスな。