なぜ支那か?

 人類史上最後の恐怖の帝国が顕在化してきた。もちろん中華人民共和国、ピープルズ・リパブリック・チャイナ、支那のことである。

 昨日の産経新聞には《中国核弾頭200発超 米国国防省「10年後には倍増」》という見出しが躍った。アメリ国防省が懸念しているのはまずは支那のミサイルがアメリカ本土を脅かすことである。それがこれだけの規模で存在しているわけね。

 そして日本人が忘れてならないのが、アメリカに届く核弾頭は、すべて日本に届く!ということである。

 また、周辺に対して領土を拡張しようという欲を顕わにしている。インドとは戦死者まで出して戦闘を仕掛けているし、南シナ海にはミサイルを2本ぶち込んだ。尖閣周辺では、相変わらずのサラミスライス作戦の継続である。

 あるいは、内モンゴル自治区では、民族の根源である言語を取り上げようとしている。チベットで、ウイグルでやってきた悪行をここでもまた繰り返そうというのである。

 外相の王毅は、ヨーロッパ外遊で、チェコを脅し、そのことにフランスなどの反発を受けてしまった。台湾についても、いまだに支那は虎視眈々と狙っており、なにしろ支那大陸の周辺は、緊張を強いられている。これが支那共産党の実態であり、支那共産党が支配する支那帝国の現実なのだ、ということを、周辺でもっともお気楽な国民の日本人は知るべきであろう。

 

 このようにワシャは、中国共産党が支配する大陸の国家を「支那」と呼んでいる。マスコミでも一般人の中でも、「支那」は憚られる固有名詞とされているが、おいおいちょいと待っておくんなせえ。

 ワシャが子供の頃には、街角に「支那そば屋」が数多あったし、そもそも支那そばに入っている筍はシナチクと呼ばれていた。それがいつの間にか「放送禁止用語」のようになり、支那そばは「ラーメン」になり、支那チクは「メンマ」と言い換えられた。

 相手の嫌がる「言葉」は排除する、これをマスコミは慮った。

 

 でもね、そもそも「支那」という言葉の歴史は古く、使用の初めは仏教経典にあり、仏教界で長きにわたり「支那」を使ってきて、そのことに関して支那もなんの問題もなく許容してきたのである。

 長屋の熊さんや八つあんは「もろこし」と言っていたんだけど、明治に入って「支那」の呼び方が一般化して、今に至っている。まったく漢民族を差別する意識のないワシャは千年の歴史と伝統を踏まえて、敬意をこめて「支那」と呼称するものである。

 

 それに、ワルシャワの師匠にあたる封建主義者の呉智英さんが、そういう方針であることもある。ここをご覧いただきたい。

https://news.infoseek.co.jp/article/postseven_477625/

《なぜ日本で「支那」が憚られるも海外で「China」がOKか》と題された論が2016年12月の「週刊ポスト」に載っている。

 呉さんは疑問を呈しておられる。

支那人の呼び方が許されないのに、東シナ海南シナ海インドシナ半島の呼称は許されているのか?」

 そしてこう説明されている。

《敗戦期の1946年、連合国占領下の言論統制策の一環として、原爆の被害報道や米兵の犯罪報道などとともに「支那」使用が禁止されたのだ。同年六月の外務省局長通達が、この言論弾圧の法的根拠である。その文書の中に、「東支那海」などは可とあるから、これらは許されているのだ。》

 さらに付け加えれば、支那は日本に対して華夷秩序の中に入れと言ってきたのだ。日本に対しては「支那」という国際的に認証された言葉を使わず、「中国」、「中華」という歴史的にも上下関係をあらわす呼称を使えと言ってきた。

 英語では「China」と呼ぶ。「チャイナ」と発音するけれど、「Chi(シ)」と「na(ナ)」で出来ている。国際的には「シナ」が正しい呼び方なのである。

「いやいや、その国が嫌がっている呼称を使うべきではない」と親中派は言うだろう。しかし、イギリスやアメリカが「China」と呼ぶことについては、なんの問題もないんでしょ。それに国によっては「シーナ」とか「チナ」と呼んでいるところもある。そういうことなのである。

 もし支那共産党が日本に「中華人民共和国」を強制をするならば、欧米各国にも、そう要請すべきなのである。このことについて呉さんはこう言う。

支那は、なぜ日本に「中国」を強制したのか。支那が世界の「中心の国」であり、日本(朝鮮やベトナムも)はその属国だと認めさせたいからだ。「中華思想」「華夷(かい)秩序」である。しかし、イギリスやフランスやドイツに、支那は世界の中心だからChinaではなくCentral Landと呼べとは言えない。それ故、欧米では「支那」が通用している。》

 ワシャは日本の伝統文化を愛するものである。そして、何よりも日本の独立を命懸けで支持するものでもある。どういう状況に陥ろうとも、日本人の自由は死守するものである。つまりどの国にも隷属せず、己の道を進むことを国是としたい。なんで、支那あたりの属国に甘んじなければならないのか。

 そういった気持ちから「支那」は「支那」なのであった。

 どうしても「中国」と呼んでほしいなら、国名を「ピープルズ・リパブリック・セントラル・ランド」に変更せよ。

「セントラル・ランド」って、どこぞの公共銭湯みたいな名前だけどね(笑)。