本屋を守れ

 数学者の藤原正彦さんの新刊『本屋を守れ』(PHP新書)がおもしろい。副題として「読書とは国力」とある。帯には「インターネットで教養は育たない」とあって、厳しい。

 藤原さんはここ十数年、くどいくらいに「グローバリズム」を批判しつづけている。それはご自身も『本屋を守れ』のまえがきに書いておられる。デ・アミーチスの作品を引き合いに出され《『クオレ』で強烈に植えつけれた惻隠、卑怯を憎む心、祖国愛などの情緒が、私にグローバリズム反対を叫ばせている。》と言われている。

 

 ちょいといいフレーズを引いておく。

《一人の人間の生涯における実体験は限られているから、判断力や大局観の中枢ともいえる情緒の獲得は、その大部分を読書に負うている。》

《読書こそがわが国の国柄であり、じつは隠れた国力であった》

《頭でっかちになれても本当の教養人にはなれない。教養がないと、大局観が得られない。教養とは、文学とか、歴史とか、思想とか芸術とか、実利とは縁遠い役に立たないような精神性の総体です。》

《教養がなければ大局観が磨かれない。大局観がなければ、危機にあって、長期的な展望に立った手が打てない。》

 読み始めて、10ページ余りでしかないのに藤原さんの思いがビシバシと伝わってくる。この人、本当に国士なんだなぁ。

 

 いつも言っているけれど、官僚というのは学歴、記憶力はあっても、教養はない。もちろん「すべての」とは言っていませんよ。「多くの官僚」がということです。今回の厚生労働省の大局観のなさは目を覆うばかりの惨状でしたよね。元文部科学省事務次官のビーチ前川氏もそうだけれど、発言から「教養」を感じられない。ツイートを読んでも、どこぞの雑誌に掲載された文章を読んでも「教養」の「き」もないんですから。

 そこに行くと「読書量」の多い人には「教養に裏打ちされた大局観」が感じられる。もちろんその代表格は司馬遼太郎であるし、もちろんそれ以外にも歴々たる読書人が存在し、後世に生きるワシャらに大きな遺産を残してくれている。

 もちろん藤原正彦さんもそのお一人で、読書の重要性、活字文化の果たしてきた大切な役割について、不出来な後輩にやさしく語ってくれる。

 

 巻末に藤原さんのお爺さんがこう言っていたという。

「本を一日に1ページも読まないやつはケダモノと同じだ」

 この厳しい言葉の背後にあるものを、藤原さんは丁寧に解説をしてくれている。久々に栄養たっぷりの一冊となった。次の読書会の課題図書にしようかなぁ。

(つづく)