鬼怒鳴門

 日本文化・日本文学の研究では世界的な権威者であり、司馬遼太郎に戦友と言わしめたドナルド・キーンさんの日記が本になった。『ドナルド・キーンの東京下町日記』(東京新聞)である。左巻き東京新聞の出版なので、さすがにドナルド・キーンさんの本でも手が出なかったんですがね。それでも昨日は「文藝春秋」など雑誌以外に買う本が見当たらなかったので、目次くらいは確認しておこうと開いてみたら、司馬遼太郎さんについて書いてあるではあ~りませんか。これで「買い」になっちゃいました。

 今日のタイトルは、ドナルド・キーンさんが日本国籍を取得した際の漢字名なのである。「キーンドナルド」と読む。

 キーンさん、司馬さんとの交流が深く、だからワシャも司馬さんに引っ張られてキーンさんの本を何冊か読んでいる。

明治天皇』(新潮社)は上下2巻。

 合せて1150頁の大部である。キーンさんはこの本を英語で出版している。それを日本語訳したものがこの本なのだ。それにしても、その参考文献がすさまじい。参考文献だけで17ページにわたっているのだが、日本人のワシャがはたしてこの中の何冊を読んでいるだろうか(泣)。

『このひとすじにつながりて』(朝日選書)

 この本は、前半が太平洋戦争の従軍記となっている。特攻機と遭遇した恐怖などが記されていた。まさにキーンさんは最前線で日本と戦ったのである。しかし、戦後は心より日本を愛してくれて、ついには日本人になってしまうのだから面白い。

 戦ってもいないのに、被害者づらをしてカネばかりせびっているどこぞの国とはえらい違いだ。やはり真剣に戦ったものでなければ、ノーサイドというのは難しいものなのだろう。

『戦場のエロイカ・シンフォニー』(藤原書店

 キーンさんの日米戦争についてのインタビューである。

『日本人と日本文化』(中公新書

『世界の中の日本』(中公文庫)

 この2冊は、司馬さんとの対談本である。まさに日本歴史を研究し尽くしている二人ががっぷり四つに組んだ名著である。この『日本人と日本文化』の出版にいたる経緯が『ドナルド・キーンの東京下町日記』に書いてある。

《対談はある出版社の発案だった。司馬はベストセラー作家で誰もが彼の本を読んでいた。ところが、日本文学とはいえ古典が専門の私は彼の本を読んだことがなく、気乗りしなかった。それでも、司馬が「キーンさんが前もって自分の小説を読んで来ないこと」を条件にしたと聞いた。迷いはなくなり、お引き受けした。》

 司馬遼太郎という人物の気配りは素晴らしいですな。キーンさんに余分な心配をさせることなく、引っ張り出して同じ土俵に乗せてしまう。司馬さんには、自身の本など読んでもらわなくてもキーンさんと四つ相撲が取れると確信していたんでしょうね。といいつつ司馬さんはキーンさんの著書を全部あたってから臨んでいる、そんな巨人だと思います。

 キーンさんは、亡くなられる1年前(2018年)にこんな心配をしておられた。

《新聞を開けば、格差や子どもの貧困の記事を見ない日はない。だが、政府は大企業向けの景気対策を優先する。利己主義が幅を利かせ、IT(情報技術)長者は、効率最優先で目先の利益を追いがちだ。(中略)貧しくも豊かだった日本が、豊かだが貧しい国になりやしないか、危機感を持っている。》

 三島由紀夫司馬遼太郎ドナルド・キーンも、経済的には豊かになった国が、余裕のない心の貧しい国民を製造していくことを懸念して彼岸に旅立った。

 

 昨日も、何を急いでいるのか知らないが、上品そうなご婦人の運転する高級車が、信号で突っ込んできて、タイヤを鳴らして右折していった。30年前なら、そんな運転は暴走族しかしなかった。あきらかに何かが貧しくなっているのを実感した。