DNA

 ワシャは貧乏な好角家である。だから高須先生のように懸賞も掛けられないし、浅丘ルリ子さんのように砂被りで相撲を観ることも叶わない。たま〜に名古屋場所の升席で観戦することがあるくらいで、ほとんどがテレビ桟敷で一所懸命に声援しているのだった。祖父の影響で、若秩父(昭和33年に新入幕、40年代初めまで活躍した人気力士)あたりからテレビ桟敷に座っているので、かれこれウン十年の鑑賞歴になるか……。1歳半の頃、テレビ画面に登場する若秩父を見つけては「ワカチブチブ、ワカチブチブ」と声を上げていたそうである。
 まだ繊維産業の景気のいい頃で、祖父の働いていた紡績工場が大相撲の巡業を呼んだことがあった。祖父はすでに相撲好きになっていたワシャを抱いて見に行ったそうだ。そこで横綱若乃花に頭を撫でてもらったらしい。これももう少し成長してから祖父から聞いた話で、自分的には記憶にないんですね。スマホで写真を撮っておいてくれればよかったのに。
 初代若乃花である。猛稽古で鍛え上げた肉体は全身がバネのようだった。「土俵の鬼」と言われ、105キロと軽量ながら、どんな相手にも真っ向から勝負して勝ってきた。頭を撫でてもらったから言うのではないが、未だに若乃花に勝るカッコイイ力士はいないと思っている。
 その弟が貴ノ花である。「角界のプリンス」と言われて、若いころから大変な人気であった。コツコツと努力し、常に全力を尽くす土俵は、相撲ファンの胸を打った。ワシャは貴ノ花の消しゴムを今も大切に保管している。
 貴ノ花の息子が貴乃花である。叔父や父とは違って、体格に恵まれた大きな相撲を取る名横綱になった。顔もよかったが、なにしろ稽古熱心で、どちらかといえば融通がきかないくらい真面目な力士だった。でもその彼が兄の若乃花とともに「若貴時代」を担って大相撲人気を盛り上げてくれたことは記憶に新しい。
 それにしてもこの二子山一門の練習量の多さはただ事ではなく、血のにじむような努力の堆積の上に彼らの強さが成立していた。それは現在の貴景勝にも受け継がれているDNAと言っていい。

 でもね、そのDNAを受け継がなかった後継者がいた。
 自称靴職人の花田優一氏である。先日もバラエティの雛壇に並んで、父の貴乃花のネタで笑いを取っていたが、この若者、タレントを目指すんだね。週刊誌では「頼んだ靴がいつまで経っても届かない」と苦情をもらっているようだが、そのことに対して「いい靴は2年くらいかかるのは当然だ」というようなことを嘯いていた。おいおい、本業の靴の製作が遅れているなら、バラエティに出て笑っている場合ではなかろう。さっさと家に帰って仕事をしろよ。その上にこんな話まで出てきた。
《師弟関係を否定され…“偽靴職人”花田優一が背負う十字架》
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190123-00000013-nkgendai-ent
《元貴乃花花田光司氏(46)の長男で、靴職人の花田優一氏(23)に経歴詐称の疑いが浮上している。発売中の「女性自身」が報じたもので、花田がイタリア修業時の“師匠”と呼んでいたアンジェロ氏(81)への直撃取材で「私の弟子ではない」と発言。あくまで専門学校の“先生と生徒”の関係であると明言したのだ。》
 終わった。靴職人ですらなかった。単なる親の七光りでテレビに呼ばれている芸人……いやいや芸なんてものも持っていないから、単なる有名人の子供ってだけだわさ。
 初代若乃花以来の花田家の関取たちが、ひた向きな努力を積み重ねて仕事をしてきた人たちばかりだから、父親ネタで笑いを取って、靴の納入をちっともしない若造が不甲斐なくて仕方がない。