袖触れ合うも

 先週、所用で群馬県の手前まで行ってきた。ホテルは深谷市の駅前でおさえ、午後4時過ぎにチェックインすることができた。夕食までには時間があったので、ワシャはどこの町へ行っても、まずその町の書店を訪れる。例えば香川県高松市でも、丸亀商店街の中にある〇〇書店で地元関連の本を2冊入手し、それを昼飯の時に読み込んで、午後の打ち合わせに臨む。そうするといい議論ができるんですね。

 だから今回も、駅の北の幹線沿いの◇◇書店を見つけて覗いたのでした。奥行きのけっこう長い店舗で、郷土資料関係は、入り口の右手に並べてあった。そこで物色をしたんだけど、埼玉エリアのものはいくつもあったし、渋沢栄一関連も品ぞろえはよかったが、ピンポイントで「深谷市」となるとなかなかなかった。

 入り口付近で、普段見かけないニーチャンがうろうろしているので、店番をしていた女主人が怪しんだんでしょうね。「いらっしゃい~」と奥のほうから大きな声が掛かった。

 資料はなかった。だから声を掛けられたのを潮に店を出るという選択もあったが、ワシャは反対に奥に向かった。もう少し資料のことを聞きたいと思ったんですね。奥のカウンターには70前後の女の人が座っていて、ワシャが「深谷市の歴史が俯瞰できるような書籍はないですか?」と尋ねると、立ち上がって、やはり先刻ワシャが探していた棚まで戻って確認をしてくれた。それでもやはりなかった。

「そこの交差点から北へ15分ほど行くと図書館があるからそこにいけばなにかしら資料的なものがあると思う」と教えてくれた。

 ありがたい。「図書館へ行く」というのも旅先での楽しみの一つで、こっちからお聴きしようと思っていたのが、先回りして教えてもらった。ワシャはなにも買わないことをお詫びして、その書店を後にした。交差点に向かう道すがら、後を振り返ると叩きを持った奥さんがずっと見送ってくれていた。

 ほどなく、指示のあった交差点にたどり着き、歩道の信号が赤だった。もちろん約束と信号は守るワルシャワは信号待ちをする。

 待っているとね、ワシャのちょうど目の前の歩道のところで右折待ちの車両が停まった。黒のワゴン車である。後部シートの窓が開いていて、4~5歳くらいの可愛い男の子がこっちを見ている。もちろん高校時代にワルかったワルシャワはメンタン(睨まれること)をきられると、目を逸らさない。じっとその少年と睨めっこをする。でも、ワシャもいつまでも高校生じゃないから、頃合いを見計らって、「ワッ」と口をひろげて脅かしてやった。それがよほど面白かったのか、少年は顔をほころばせて、手を振ってくれる。では、こっちも振り返さねばと手を振ってやると、少年は運転席の、おそらく母親にシート越しに何かを報告している。

「こりゃいかん。怪しいオッサンと思われては旅の恥となる」

 そう瞬間的に気がついたワシャは、背筋を伸ばして精一杯真面目な顔をして、善良なサラリーマンを装った。

 案の定、運転席の女性が窓越しにワシャを見た。目があった。そうすると女性は笑顔で会釈してくるのだった。ワシャは思わず、また手を振ってしまった。ようやく右折の信号が青になり、ワゴン車はゆっくりと進んでいく。後部シートの窓からこっちを見ている少年が、また手を振ってくれる。もちろんワシャも手を振り返した。

 そして少年の車は南の方に去って行ったのである。なんだか楽しい多生の縁だった。