鐘の音

 昨日は「歌舞伎の危機」について書いた。歌舞伎の危機を懸念しつつ、午後から狂言を楽しむために、豊橋まで出かけた。「野村万作 野村萬斎 狂言公演」が穂の国とよはし芸術劇場であったのだ。演目は「鐘の音」と新作狂言の「鮎」である。

「鐘の音」は、黄金づくりの太刀をつくるために、「金の価格」(金の値)を確認してこいと太郎冠者に命じるのだが、太郎冠者は「鐘の音を聞いてこい」と勘違いして、鎌倉の寺の鐘の音を聴きまわるという落語のような仕立ての狂言

 この狂言でおもしろいのが各寺の鐘の音のオノマトペであろう。和泉流では、寿福寺円覚寺極楽寺建長寺の鐘の音で、狂言であるから全部狂言師の声でやる。

 寿福寺は「ジャーンモーンモーン」、円覚寺は「パーン」、極楽寺は「ジャガジャガジャガ」、建長寺は「コーンモーンモーン」と鳴る。

 どう聴けば、こう聴こえるのか、はなはだ疑問であるが、なにしろ作者にはそう聴こえたのだろう。太郎冠者は、寿福寺の音を「普通の音である」、円覚寺を「薄い音」、極楽寺を「割れ鐘」と評し、建長寺の鐘の音を「一番冴えた良い音である」と高く評価をする。

 ワシャは「梵鐘の響」というCDを持っている。その中に建長寺寿福寺の鐘の音が収められていて、今、まさに聴いている。寿福寺は確かに「ジャーンモーンモーン」と鳴っているかなぁ(笑)。建長寺は……少し濁った音色で「ゴーンモーンモーン」と聴こえるかも。でも太郎冠者が聴いたという澄んだ音ではなかった。まぁ太郎冠者が聴いたのは600年ほど前のことなので、あるいは梵鐘が代わっているのかもしれない。

 ちなみに寿福寺はネット上では見つからなかった。他の三寺は以下に並べておきますので聴き比べてくだされ。

 円覚寺

https://www.youtube.com/watch?v=ME-4Zew5EJ4

は「パーン」かなぁ。

極楽寺

https://www.youtube.com/watch?v=JF8n4gujXiQ

は「ジャーガーンモーンモーン」のような(笑)。

 建長寺

https://www.youtube.com/watch?v=8hnjsTPoUIE

 5分位のところから鐘を突き始めますが、とても透きとおった鐘の音ではありません。 

 CDの寿福寺は、上記の3つの鐘の音よりいい感じでしたぞ。「ジャーンモーンモーン」ですかね(笑)。

 CDの中では、本門寺、麻布長谷寺浄智寺などの鐘の音がいい音色だと感じました。

 

 池澤夏樹作、野村萬斎演出の新作狂言「鮎」は、エンターテイメントとして素直におもしろかった。橋掛(はしがかり)から舞台を清流に見立てて、そこを大鮎や若鮎が泳ぎ回る。スケールの大きなショーになっている。これが600年残っていくかどうかは判らないけれど、そういった意気込みで狂言を捜索していくエネルギーを萬斎から感じた。歌舞伎でいうなら、三代目猿之助、あるいは十八代目勘三郎のような存在であろう。彼が在る限り、狂言は大丈夫だ。それよりも歌舞伎、さらに心配なのが本家の能である。能は理解するのに、多大な知識が必要であり、その上に舞台の動きは緩慢である。やはり知識階級であった武士の芸能といった趣で、瞬間の笑い、快楽を求める現代人には途方もなく遠く高い山であろう。能の生き残りはかなり難しいが、絶対になくしてはいけない伝統文化である。

 そんなことをゲラゲラと笑いながら、心の片隅で思ったのである。