歌舞伎の危機

 2013年以降、歌舞伎見巧者を任じる岩下尚史氏は、この日記に19度もお出ましになっている。今は亡き「新潮45」2013年5月号に掲載された《私しか書けない「歌舞伎座への誘い」》は、この御仁のアホさ加減を示して余りある迷論だった。なにせ歌舞伎座に通う歌舞伎ファンをこき下ろしまくったのである。漱石の言説まで引いて「貧乏人は歌舞伎など見るんじゃない」と言ってはばからない。まぁ突っ込みどころ満載の迷論については、こちらをご覧くだされ。

https://warusyawa.hateblo.jp/entry/20130423/1366669102

https://warusyawa.hateblo.jp/entry/20130526/1369523538

 今朝の朝日新聞社会面に《海老蔵さん休演 歌舞伎界の事情》という記事が載った。歌舞伎座「七月大歌舞伎」で、主演の市川海老蔵丈が体調を崩したのである。岩下氏は、上記の迷論で、勘三郎團十郎の急逝に際し、役者不足を懸念する声に対して、「ことさらに騒ぐほどのことではありません」と言っていた。「歌六時蔵芝雀又五郎たちがいるから大丈夫だ」とも。

 でもね、実際に歌舞伎座は休演となった。海老蔵丈に代役が立てられなかったためである。

 岩下氏は言う。「看板役者がいなくなっても他に役者がいる。歌舞伎ファンを自任する素人は、聞いて恥ずかしいような劇評の真似事なんかをするよりも、気前よく歌舞伎で散財をすることに心がけよ。ご贔屓の役者が出勤中の劇場を貸し切ったり、それができないなら」

 できるか!そんなこと!

「それができないなら、できるだけ多くの札(チケット)を引き受けて、贔屓の役者に楽屋見舞いを届け、その弟子や番頭に対しても祝儀をはずみ、レストランや料理屋を予約して、芸者をはべらせて接待しろ、それが歌舞伎の興隆につながる」

 と、迷言を放屁してはばからない。

 岩下氏は、歌舞伎見巧者なので、当然のことながらそういった散財をしているのだうが、それでは海老蔵丈の休演は防げなかった。

 歌舞伎界、松竹株式会社に顔の聴く偉そうなことを言っている輩が、きっちりと提言をしていかなかったからこういうことに陥る。

 華のある歌舞伎役者を育成する。大看板を酷使しない。興行成績よりも役者を大切にする。そういったことを見巧者たる通人がしっかりと言っていればこんなことは起らなかったろう。

 歌舞伎評論家の上村以和於氏はまともなことを言っている。

「歌舞伎は役者あってのものだが、今は人数が不足している。第一線の幹部俳優が高齢となり世代交代が進む中、海老蔵さんは次代のトップを担うひとり。今後は配分を分担するなどして、芸をより深める方向を目指してほしい」

 看板役者を支える脇がしっかりと育っていれば、海老蔵丈が倒れても、すぐさま若手が代役に立って穴を埋める。それが若手の登竜門になるし、あらたな主役の発見にもある。

 先週の中日新聞で、市川猿之助(三代目)の弟子の春猿、段二郎という実力派の役者が新派に移籍した話題が取り上げられていた。二人の移籍は、新派にとっては嬉しいことなのだが、歌舞伎にとっては、重要なバイプレーヤーの損失となる。とくにワシャなんか春猿のファンだったから、これからは新派を観に行かなければならない(9月に御園座にくるんだけどね)。

 役者を外に出している場合か。松竹よ、もう少し頭を使って歌舞伎興隆を考えてくれ。