読書会の波風

 午前中、ちょっとした神事があって家を不在にしていた。家にいないので、日記を書くことはできなかった。

 昨日は、友人のホンスミさんが主催する「村上春樹読書会」に参加した。課題図書は『カンガルー日和』だった。ワシャは村上春樹が口に合わない。とくに「南京事件」の犠牲者数を40万人と言ってはばからないそのセンスは疑っている。それに文体もあまり好きではないので、『1Q84』と『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』、古いところでは『ノルウェーの森』を読んだくらいで、なにしろ過剰な比喩にゲップが出てしまうので、あえて何作も読むことはしなかった。そしてどうしてか、どの小説もすっかりと記憶から欠落して、物語の内容などまったく覚えていないんですね。

 今回の『カンガルー日和』も、読書会の後の飲み会で、友人にあげてしまったので、手元にありません。だから、その内容について吟味することもないし、感想を書くこともできない。一昨日購入して、昨日、あげてしまったので、手元には1日あっただけ。縁が薄いと言えば、これほど薄い作家もないでしょうね。

 読書会では、ホントに『カンガルー日和』がおもしろくなかったので、そのとおりに言ったら、「ではあなたは誰の小説がおもしろいのですか?」と問われた。

 ワシャは速攻で「百田尚樹の小説は感動した」と答えたとたん、読書会のメンバーたちが引いていくのが分かった。

百田尚樹はねぇ……」とメンバーたちが否定をするので、たまたま鞄の中にあった、百田尚樹『輝く夜』(講談社文庫)を出し、百田尚樹を一冊も読んでいないのにも関わらず批判的な発言を繰り返す女性にその文庫を手渡した。

「その本は差し上げますので、どうぞ一度読んでみてください。私はこの本で感動しました」

 そうしたらね、その女性、手に取ることも厭うんですわ。「えーこんな本は触るのもいや!」と顔を背ける。

「人から勧められた本はおもしろくないからね」

 と、メンバーの中の長老級の元教員が「読まなくてもいいよ」と助け舟を出した。どうやらこの人が村上春樹好きで、この会を引っぱって行っているらしい。

ワシャも基本的な読書のスタンスは元先生と同様で、人から勧められるものはおもしろくないものが多いと思っている。だが、短編集であることだし、嫌うなら一度目を通しておいてもいいとも思う。元教員が更に言葉を重ねて「そんな本を読む時間がもったいない」というようなことを言い出した。

これサヨクの常套句ですよね。とにかく相手の主張を聴くこともせずに、読むこともせずに、頭から否定する。これが元先生から読書会のメンバーに浸透している。女性は「先生の言うことを信じる。だから百田尚樹は読まないから返します」と言い出した。こうなってくると宗教団体のような状況になってくる。おそらく数時間費やしても、彼女たちは聞く耳は持たないだろう。ワシャも意固地になって「上げると言ってだしたものだから、読まないなら捨ててください」と返却を断った。

百田尚樹で感動した」と言っただけである。「あっそう」と聞き流してくれれば何事もなく過ぎていったのだろう。だが、「百田尚樹」という「人」で「本」の価値を決めてしまうのはいかがなものだろう・・・と引っ掛かってしまった。

 どんな思想を持った人が書こうが、いい作品はいい、そう思っている。