いかんいかん……寝床が気持ちよくてついつい寝過ごしてしもうた。書く時間はほとんどない。さすがに30分では新聞を寛げる時間もありませんぞ。だから『学生を戦地へ送るには』の感想はまとまりそうにない。
と言いながら、髭をあたりながら新聞をチラチラと眺めて、ネタ探しをしている。『学生を戦地へ送るには』は完全に先送りと決めてしまった。ふむふむ、今朝の朝日新聞のオピニオン欄は佐伯啓思京大名誉教授か……。内容は、先日逝去された西部邁さんの話をからめて「死の哲学」についてであった。佐伯教授はこう書く。
《西部さんの最期は、ずっと考えてこられたあげくの自栽死である。》
《西部さんは、常々、自身が病院で不本意な延命治療や施設での介護などを受けたくない、といっておられた。もしそれも避けたいとなれば、自死しかないという判断であったろう。》
佐伯教授も「自死をすすめているわけではない」と言いながら、西部さんの覚悟の死には首肯している。老いて、病んで、死ぬ、これとどう対処していくかが「死」から遠ざけられてきた日本人の大きな問題であることを西部さんは具体的に自身の行動で示し、佐伯教授も「死」を哲学として考えなければならないと言っている。
平成12年(2000)に西部さんは『国民の道徳』という分厚い本を上梓されている。その巻末で、死について語っておられる。
《まず闘病記なる代物についていえば、書かれるべきは闘病記ではなく、自死決行記でなければならない。人間はいかにすれば自死を遂行できるかを世間に知らせるのは、有益な行為である。》
《生命をめぐって自分の内部から起ってくる不道徳の根を断つには、自分の生命を自分で抹殺してしまうこともありうべし、と構えるほかない。》
18年前の記述にも「自死」をうかがわせる意見がかなり出ている。西部さん、有言実行の人であった。
西部さんについては休みの日にじっくりと考えよう。