さらば830P

 一昨日の夜、とつぜんに携帯が機能しなくなった。落したり濡らしたりしたわけではない。いつもどおり使っていて、充電もきちんとしていた。たまたま宴席の後、メールが入っていて、それに返信をしている時に、スーッとフェイドアウトするように画面が消えていった。それ以降、なだめてもすかしてもまったく反応しなくなった。
 翌日(つまり昨日)、年末の掃除をしようとまるまる空けてあったので、朝から携帯屋に行って、相談をした。午前10時の開店直後に入った。受付番号は3番だった。現携帯「SoftBank830P」は2010年1月18日に契約をしていたので、概ね8年使ったことになる。それだけ使えば充分に元を引いているので、新しい携帯にしようとは思っていた。まぁデータなどを移行してもらって新機種に替えればいいや……くらいの気持ちだった。
 が、そんな甘いものではなかった。まったく機能停止した「830P」はうんともすんとも言ってくれない。携帯屋の若いニーチャンが「830P」を分解してあれこれと試してくれるのだが、ダメだった。同機種の部品をいくつもあちこち入れ替えてやってみてもびくともしない。
 最終的に「データ移行は不可能です」ということになった。
「電源が戻ればなんとかなるんですがねぇ」と店員は困惑顔で言う。
「なんとかなりませんか」
「電源が戻ればすぐにでもご来店いただき、そうすればなんとかなると思うんですが……あとは祈るだけです」
 店員の「祈るだけ」という発言にワシャは思わず笑ってしまった。この最先端の機器に祈りが通じるだろうか。
「でも、何%の確率すらないかもしれませんが、ケータイをメーカーに送って分解するという手もありますね」と店員は言って、裏へ引っ込んで上司に相談してくれた。おそらくメーカーに問い合わせたのかもしれない。
 新書の一章を読み終わるくらい待たされて、店員は眉間に皺を寄せて戻ってきた。
「ケータイが折れたりとか破壊されたりとか、あるいは水没させたとかなら、なんとかやりようもあるのですが、寿命で機能停止というものには対応の仕様がないそうです。残念ですが……」
 店員が最後に言った「残念ですが」が、なんだか医者に「ご臨終です」と言われたような錯覚に陥った。店員は大手術を終えた「830P」を返してくれた。「830P」はワシャの手の中でただの物体と化していた。
 それから新機種のケータイを選んだり、iPadも購入したので初期化してもらったり、使い方を教えてもらったりして、途中、昼食をはさんでワシャが店を出たのは午後5時15分だった。
 今回以前にケータイのショップに行ったのは8年前だから8年ぶりに8年分の時間を費やしましたぞ。やれやれ。

 それはそれとして、本日記を読んでいただいている方の中にはワシャのケータイをご存じの方もおられますが、ワシャのほうのデータは全喪失してしまいました。ワシャのほうから掛けることはできません。掛かって来ても相手の特定ができないので、最初はぶっきらぼうな対応になるかもしれませんがご容赦のほどを。
 またデータ復旧のいい手がありましたらご教示のほどを。

 今、書庫の中にCDの音が流れている。「お経 曹洞宗 檀信徒勤行」である。「830P」のささやかな送りを行っている。少しだが「830P」ロスになったようだ。ううむ、ケータイに人生の無常を教えられたわい。