目に見えない世界

 昨日、お亡くなりになられた水木しげるさん
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151130-00000105-spnannex-ent
は「幸せになるためには目に見えない世界を信じることが大切だ」と説いておられた。
水木さんは『水木サンの幸福論』(角川文庫)の中で幸福になるための7カ条というものを開陳しておられる。その第7条で《世の中には、人間の五感ではつかまえられないものがいる。》とはっきり言われている。
 7カ条を以下に記しておく。詳しくは文庫で読んでくだされ。

第1条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第2条 しないではいられないことをし続けなさい。
第3条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし。
第4条 好きの力を信じる。
第5条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第6条 なまけ者になりなさい。
第7条 目に見えない世界を信じる。

 どれもが素敵な言葉なのだが、第7条がすべてを包含していると思う。目に見えない世界、目に見えないもの、それがあると思えること。実は、それが人に幸福をもたらしてくれるのではないだろうか。
《ふまじめな陸軍の二等兵だった水木サンは、上官から「死ね」「死ね」と言われ続け、危ない方へ、危ない方へと行かされました。水木サンが生き残ったのは奇跡です。あまたの幸運のひとつでも外れていたら、間違いなくあの世行きだった。たぶん「目に見えない何者か」が生かしてくれたんです。》
 南方戦線は地獄だった。それに水木さんのストレートな性格は、真面目なタイプには理解できない。それでなくとも視野狭窄になっている軍人には嫌われただろうことは容易に想像がつく。自ら最悪な状況を作り出していると言ってもいい。それでも水木さんは「目に見えないもの」を信じると心が落ち着いたと言われる。戦場で「落ち着く」こと、これはかなり重要である。落ち着いて「ポジティブになる」こと、これが不利な状況下でも、水木さんを生かしつづけた原動力ではないだろうか。『幸福論』の最後に、《幸福論に関する水木サンのテツガク的論考は、あの世に行くまで、いやホントにあの世に行っても続くのです。》とある。
 昨日、あの世に行かれた水木さんは、今まさに、ご自身の生涯を振り返られて論考を重ねておられえるに違いない。ご冥福をお祈りしたいけれど、大好きな「目に見えないものの世界」に行かれて、大喜びをしておられるのではないだろうか。

 上記の文章に「水木さん」と「水木サン」が入り混じっていますが、水木さんは一人称で「水木サン」を使っておられました。誤記ではありません。

 評論家の呉智英さんが水木さんと交流があったことはつとに有名である。呉さんの著作の『現代マンガの全体像』(双葉文庫)に「明るいニヒリズム」と題して水木しげる論を展開している。「阻害された者の共生感」「未来にユートピアが存在しうるということへの不信感」。そしてすぐに人を裏切るネズミ男などの存在は、水木さんの明るいニヒリズムなのだと言われる。
 これに対して、水木さんは『水木サンの幸福論』でこう語る。
《評論家の呉智英さんは学生時代に、膨れ上がった文献や資料を整理するアルバイトに来ていた。漫画に必要な妖怪の文献を探したり、本を読んで要約したりもする。留年中だと聞いたが優秀な若者だった。》
 褒めている。
 呉先生に、なにかの折に「水木しげる論」でも語っていただきたいものだ。