観艦

『ジェイ・シップス』という船、艦艇の月刊誌がある。12月号は「自衛隊観艦式」http://www.mod.go.jp/msdf/formal/kankan/2015/
の特集だった。
 ワシャの友人は根っからの艦艇好きで、高倍率の乗艦チケットをゲットして観艦式に参加してきたそうだ。ワシャは行けなかったので、写真集を観て、思いを馳せるだけである(泣)。
観艦式に参加した友人は女性なのだが、それも小柄で軽量級の人だった。
「そんなんで艦艇の甲板にふきっ晒しのところにいると、相模湾の強い風に飛ばされてしまうぞ。重しをつけて行け」と適切なアドバイスをしておいた。
 観閲部隊、受閲艦隊部隊を含めて40艦が相模湾に展開した。旭日旗が何十本と翻ったに違いない。その中に韓国海軍の駆逐艦「テ・ジョヨン」が祝賀参加してくれた。ありがたい。加えて、横須賀に配備された航空母艦の「ロナルド・レーガン」が飛び入り航行した。ううう、見ごたえ満載ではないか。ホント、時間とチケットが許せば行きたかったなぁ。
「♪〜如何なる堅艦快艇も 人の力に依りてこそ 其の精鋭を保ちつつ 強敵風雨に当り得れ〜♪」
 海軍愛唱歌の「艦隊勤務」の2番である。
 旧海軍のころからの伝統なのだが、日本の海を守る軍人たちはきわめて優秀だった。連合艦隊が強かったのもまさに「人の力」のたまもの。
 明治20年代、清帝国が世界で最新鋭の戦艦「定遠」「鎮遠」など6隻をならべて横浜港に威圧寄港をしたことがある。それを当時の衆議院議員が見学し「確かに戦艦は大したものだが乗組員は日本将兵の敵ではない」と何かに書き残している。
 ついでに、このところこっている谷崎潤一郎の文章を借りる。
《彼等(米国人記者)は支那へ着くと早々、第一に汽車の不潔なことに呆れて、ひどく胸糞を悪くしている。そのくせ彼等の乗った車台は決して普通の客車ではなく、張学良氏が彼等のために特に京奉鉄道中の最良の車両を準備させたのだが、それにも拘わらず、彼等は満足に顔を洗うことも髯を剃ることも出来ないような言語道断な目に遭った。》
 金にモノを言わせてハードはいいものを入手する。しかし人材がそろわない。「万人身勝手」の上に堅牢な城郭は建たないということなのである。
 その点で、伝統的な日本海軍の士気は高い、かつてもそうであったし、今回の観艦式の状況を読んでも(行きたかった・再泣)そう思った。