秋の叙勲(笑)

 そもそもこの叙勲制度が必要なのかどうか。
 一例を挙げる。女優の樹木希林さん(71)が旭日小綬章を受章する。それはいい。希林さんの経歴を見れば当然と言っていい。日本人が彼女の演技からどれほどの感動や笑顔をもらったことか。また加山雄三さん(77)も同章を受賞。彼の歌や存在から元気を得た人も多かろう。

 でね、末広真樹子さんという名古屋あたりで活動していた地方芸人を覚えておいでだろうか。地元で知名度があったので参議院議員に担がれて当選を果たした。経歴を詐称した新間正二という参議院議員のあとがまだった。
 参議院議員は「愛知万博反対」を叫んでサヨク系市民を糾合し当選したのだが、その後、自民党に取り込まれ「愛知万博」を推進することになる。主義も主張もない蝙蝠議員は1期だけ務めて消え去ってしまった。
 え、それが旭日中綬章?なんで三流ローカル芸人が希林さんよりも上位の叙勲なの?
 それはなぜかと言えば、どんな阿呆でも国会議員をやれば勲章は上位のものをもらえるのでありました(笑)。
 もっと言ってしまえば、旭日大綬章瑞宝大綬章、旭日重光章、瑞宝重光章など上位の受賞者を見れば、民間の会社の社長はおくとしても、その他は政務次官、裁判官、大学教授、議員などが名を連ねている。確かに彼らは公人として立派な仕事をしてきただろう。しかし、それにはそれに見合うだけの報酬を得ていたはずだし、社会的に尊敬もされてきたわけだ(末広真樹子が尊敬されてきたとは到底思えないが)。その上にこの栄誉がなぜ必要なのか理解できない。
 1999年、当時自民党だった亀井静香がこんなことを言っている。
「叙勲の基準に官尊民卑の傾向がある。序列をつけることにも疑問がある。政治家や官僚に比べ歌手や俳優、落語家など芸術分野で活躍した人に充分報いていない。美空ひばり石原裕次郎が勲一等にならない制度はおかしい」
 ううむ、昔は亀井さんもいいことを言われていたんですね。
 ちなみに2003年に小手先の制度改革が行われ、勲一、勲二といった階級は廃されたものの、大、重、中、小、双、単に改められただけで、序列は未だに明確に残っている。それじゃだめじゃん(春風亭昇太)。
 なにしろ内外の批判があって、階級色を薄められるだけ薄めたものの、希林さんよりもバッタモノ議員のほうが上位に行くというお粗末。
 経済人の中にも叙勲制度に疑問を呈していた明敏な人々はいた。経済同友会小林陽太郎代表幹事は「国が個人を評価する。あるいはそこに段階をつけることは好ましくない。褒章を拡大する必要はあるが、多くの国民が納得のいく制度にする必要がある」と言っている。
 同じく水口弘一代表幹事は「私自身は叙勲制度廃止論者である。民間においては必要ない。例えば、経済功労賞といったものはあり得るが、等級といったものは本質的なものを表していない」と言う。
 ノーベル賞はうれしいし、アカデミー賞もわくわくする。希林さんとか加山さんたちごく少数の人を除くとこの脱力感はなんなのだろう。いいかげんにしろよ、内閣府賞勲局(怒)。

 最後は(笑)ではすまなくなってしまった(苦笑)。