役員との会話

 昨日、大きな宴会があった。ワシャの所属する部門と、社外役員との懇親会である。
 社外役員にはいろいろな人がいるが、昨日は比較的、おだやかな人ばかりが集った。10年来の付き合いの役員もいれば、役員になる前に一緒に仕事をした人もいて、気心は知れている。それでも中にはとんでも役員もいた。社長任期が迫っていることもあり、「ワルシャワさん、あんた次期の社長選にでないかね。オレがバックアップするから、決心しなよ」と酒を注ぎながら、寝ぼけたようなことを言う。これがけっこう執拗だった。
「ここで決心しろ」「ここで社長に出るといえ」「金銭的なことは心配するな」「オレが票を掻き集めてくる」……。
 最初は、他の役員と一緒に頷きながら聴いていた。しかし、話があまりにも荒唐無稽というか、思いつきというか、行き当たりばったりというか、だんだん馬鹿らしいくなって「そんなもの、出ませんよ」と突き放した。
「一言、出ると言えばいいんだ。あとはオレがなんとかする」
「いいですか□□さん、酒の席で、お前を社長にしてやるから名乗り上げろ、と言われて、はいそうですかって言えますか?ワシャはそもそもそんなものに出る気はないですが、話を伺っているかぎり、なんの目算もなく、計画性もなく、出ればいい、出れば何とかなる、そんな軽率な話にのれますか?」
「大丈夫だ、出馬表明しろ。ぜったいに保証してやる」
 ううむ、あまりにもうるさかったのでけむに巻くことにした。
三顧の礼を知っていますか?」
 役員の眼が泳いだ。
「もしあなたが劉備玄徳のように諸葛亮を欲するならば、襄陽の草庵におもむき三顧の礼を尽くすべきでしょう。少なくとも酒のついでに話すようなことではありません」
 役員の顔が「あんさん、なにゆうてまんねん」という顔になった。
 ワシャの横で推移を見守っていた若い役員は、声を立てて笑う。若い役員には通じたらしい。□□さんが豆鉄砲を食らっている間に座を外してしまったので、あとはどうなったか知らない。