禅風挙用

 乃木希典が厚く帰依した禅僧に中原訒州がいる。兵庫県西宮にある海清寺の住持で、禅風の挙用に尽力をした。この人のエピソードにこんなものがある。肥後の阿蘇山中でのこと、ある冬の日の夕方から訒州は坐禅三昧に入った。翌朝、坐禅をやめて立ち上がったら、腰まで雪に埋まっていたのだそうな。夏には、墓場で夜坐を行い、翌日、立ち上がると、赤く膨らんだ蚊がポトポトとこぼれ落ちたという。
 すごいな。
 臨済宗の僧、快川紹喜(かいせんじょうき)は美濃の国主斎藤義竜と合わず、甲州武田信玄に身を寄せていた。快川和尚、信玄には大切に扱われ、恵林寺に住することになる。やがて信玄が倒れ、勝頼の代に武田家は滅びる。その際に、敗軍の武田の将をかくまったとして、信長の追及を受けた。もちろん快川は引き渡しに応じなかったのだ。このために快川ら100人は山門に上げられて、下から火を放たれたのである。ここで有名な一文が口をついて出た。
「安禅必ずしも山水を須ひず、心頭滅却すれば火も自ら涼し」
 快川、泰然としてこの言葉を弟子に残し火中に滅した。

 禅僧とは、どうしてこんなに凄いのだろう。ワシャが訒州だったら「さむ!さむ!さむ!」「かゆ!かゆ!かゆ!」になるだろうし、快川ならば「あぢー!あぢー!あぢー!」となるわさ。
 わずかに20分、心頭滅却するだけでも、首筋が寒いし、足の裏はこそばゆい、かわいい人の顔も出てくれば、嫌いなオッサンの仏頂面も現れる。いろいろな妄想が次から次へと浮かんでは消え、現れては滞り、おびただしい煩悩がワシャの周りでとぐろを巻くのだった。
 道元は「只管打坐」ただひたすら坐禅をせよと説く。そうすれば訒州や快川の域に達することができるのだという。禅定三昧に入れば、寒いとかかゆいなどは心にかからないのだと説く。
 ううむ……ただ坐るだけなのに、ただ坐っているだけではだめなのじゃ。坐禅とは、なかなか奥が深いのう。