歌舞伎の大河

 よかった。海老蔵丈に長男が誕生した。十四代目の團十郎のお出ましである。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/03/24/kiji/K20130324005463980.html
 歌舞伎ファンにとっては、訃報続きの一年だったが、ようやくいい知らせが届いた。いらっしゃい十四代目。多分、オジサンは十四代目の襲名披露は行けないけれど、応援しているから立派な役者になってくださいね。

 昨日の夜、御園座に足を運ぶ。出し物は「春調娘七草」「ぢいさんばあさん」「口上」「義経千本桜」。本来なら「口上」に三代目猿之助が登場するはずだった。呂律は回らないものの、ファンに顔を見せてくれるのを期待したが、残念ながら肺炎に倒れてしまった。
 それでも、四代目猿之助が見事な「義経千本桜」の狐忠信を演じていくれている。まさに若き日の三代目を観るようで、歌舞伎が流れだということを再認識した。
 少し三月大歌舞伎の内容に触れたい。夜の部口開けの「春調娘七草(はるのしらべむすめななくさ)」である。 舞踊劇であり、いわゆる曽我物の範疇にはいる。センターの女形静御前、両脇は鬘とメークで曽我兄弟とわかる。ストーリーは単純で、父の仇を討とうと勇み立つ二人を、若菜を摘む姿をみせて、静が諌めるというもの。唄の中に春の七草がよみこまれ、とても春らしい舞台となった。春猿静もよかったし、右近の五郎、笑三郎の十郎も上手い。
「ぢいさんばあさん」は森鴎外の小説を歌舞伎にした、というより舞台にしたといったほうがいい。だから、歌舞伎の基礎がない中車(香川照之)にも演じられる演目でなっている。物語はここにあります。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/674_15358.html
 要するに新婚さんが、夫の過失で37年にわたって離れ離れになるが、やが春が来て再会を寿ぐというもの。若々しい夫婦が老夫婦に化けるところが見どころ。
 ワシャはこの演目を、平成12年に御園座で観た。その時の老夫婦を團十郎菊五郎が演じている。若夫婦を團菊がやるのだが、どうにもヘビー級で貫録があって37年経過しても重々しさは変わらず、要は歳月の変化を感じることができなかった。まぁこんなもんかいなと思ったものである。
 それが中車、笑也だと、團菊ほどのオーラはない。そこがかえって若い人、晩年の時の隔たりを強く感じさせ、この部分については成功したと思う。
 ただ、中車の顔である。三代目の子なのだが、長年の梨園の外の水はやはり毒なのだろう。面差しが、歌舞伎顔になっていない。白粉を塗りたくっても、いやいや塗るからこそ、野歌舞伎の役者のようになってしまう。
 もちろんワシャは中車を心より応援するものである。しかし、顔だけは早急につくっていかないと不味い。たとえば、37年後の再会の場で、大木になった庭の桜を愛でる伊織の腰が曲がっている。この時の中車は、志村けんの「変なばあさん」そのものなのである。白面の上に描いた皺、発声、腰の曲がった動きかた……そもそもの面差しも含めて改善の余地がかなりあると感じた。
 それでも、香川照之が九代目を襲名したことは素晴らしいことで、彼は、猿之助一座の中で、中村座笹野高史の役回りを演じられるようになればいいと思っている。きっと中車のニンにかなう役柄がある。それを根気よく探してほしい。そうなればこれからの30年の歌舞伎は必ずや面白いものになっていく。そう願っている。

 次に「口上」である。もちろん入院している猿翁は欠席だった。三代目猿之助から歌舞伎に入ったワシャとしては最後に一度お目にかかりたかったが、残念ながらそれは叶わなかった。二代目猿翁もいない、五代目團子もいない、御園座なのでやむを得ないか。
 口上の口火を切るのは、襲名する猿之助、中車の向かって右に座る大幹部である。今回は人間国宝坂田藤十郎。それ以外では、幹部の秀太郎梅玉がいるばかりで、口上としては、ちと寂しい。
 回り順も、通常ならば大幹部に続き右端(向かって)の幹部が縷々口上を述べる。しかし、今回は大幹部からすぐ右隣の秀太郎に、秀太郎から右の門之助へと順繰りに回って行った。そういう回り方もあるのだろう。
 センターから向かって左側は、三代目猿之助の弟子たちが居並ぶ。ゆえにあまり砕けた話はできずに淡々とあいさつが続く。本来なら右近あたりが、どっと笑いを取らねばならないのだが、そこは人間国宝もいるし、師匠筋とはいえ、師匠が不在なのだから遠慮せざるをえない。辛いところだろう。
 秀太郎梅玉が苦心して笑いをとっていたが、この辺りの素材では、「クスクス」くらいが限界だった。富十郎勘三郎のドッカンドッカン笑える口上が聴きたいなぁ。

 夜の部の最後は「義経千本桜」である。
 四代目は、三代目に、よく似てきた。奇しくも、三代目が正式な歌舞伎舞台で「義経千本桜」の狐忠信を初演したのは37歳。現在、四代目が37歳である。四代目、今後も精進怠りなく、いずれ、三代目を超える歌舞伎役者になってくれることを一ファンとして望みたい。