年末警戒

 歳の瀬もおしせまり、ワシャの地元では冬の風物詩となっている年末警戒が始まった。地域の消防団が夜っぴて火災や犯罪の警戒にあたる。消防団のOBであるワシャも招集され、深夜までお付き合いした。
 それにしても今年の警戒はおもしろかった。町内会長がやはり消防団のOBで、その上派手好きなために「小学生にも声をかけて町内警戒にまわろうじゃないか」と言いだした。それに現役の消防団員がのった。チラシを作成し回覧板で、ちびっ子消防団員を募集すると、なんと80人くらいの小学生が集まった。当然、父兄もついてくる。そこに町内会役員やワシャのようなOBまで加わったので、総勢150人の大部隊となった。 このためチームを3つに分けてそれぞれ別の地区を回ることにした。
 ワシャは町内でも一番繁華な通りを受け持つ班に組み込まれた。消防団員が先導し、子供と父兄は2列縦隊で歩道を歩く。交通安全ベスト・誘導灯といういでたちの町内会役員が行列の両側をおさえる。最後尾にワシャらOBがついて、子供がこぼれていくのを防ぐ。この態勢で1キロほどのコースを練り歩く。
 子供たちは、消防署から借りてきた子供用の法被と拍子木を手にしてはしゃいでいる。しかし、雑談はできるのだが、大きな声が出せない。
「火の用心、マッチ一本火事の元」
 と言えないのだ。現役の消防団員があおるのだが、普段、大声を出したことのない子供にはなかなか吹っ切れない。そこで扇動師のワルシャワの登場だ。懐から愛用の小型マイメガホンを取り出す。
ワシャ「さあ元気を出して言ってみよー!ひのよおおおおじん」
 子供たちはためらいがちにカチカチと拍子木を打つ。
ワシャ「だめだめ、もっと元気よく鳴らせ。いくぞぉ、せーの、へのよおじん、あ、間違えた」
 子供たちがどっと笑った。これで吹っ切れたようだ。
ワシャ「せーの」
子供たち「ひのよおおおおおじん」
 拍子木が冬の夜空にこだまする。
子供たち「マッチいっぽんかじのもと」
ワシャ「いいぞいいぞ」
子供たち「ひのよおおおおじん」
 拍子木の音。
子供たち「マッチいっぽんかじのもと」
 もう大丈夫だった。子供たちの声は充分に出ている。
 歩くうちにワシャの前を行く高学年の男の子3人が、声の大きさを競うようになった。3人で替わりばんこに絶叫をするのである。これにチーム全体がつられた。もう町中に響けとばかりに行列が咆哮をはじめる。
 通りを進んでいくと、何事が起きたのかと、商店主たちが店の中から顔を出す。うるさくてすいません。のせたワシャも悪いが、かわいい子供たちのすることなので、しばしお許しを。
 付き添う父兄も、町内会役員も、子供たちのひたむきなばかばかしさに笑い出してしまった。
「あんまり大声を出すとのどがいたくなるぞ」
 とワシャがメガホンで注意しても、メガホンの音声が子供の声に負けた。ま、いいか、好きにさせてやろう。
 楽しい行列は、町内を一周し町内会の事務所に戻ってくると、ご褒美にトン汁やお握り、お菓子などをもらって解散となった。その後、消防団員をのぞいて、大人たちは町内会の2階のホールで酒盛りとなる。年末警戒イベントは大成功だった。めでたしめでたし。