暑い日には絵画鑑賞(その3)

 あまり「吉備大臣入唐絵巻」ばかりに関わってもいられない。まだまだ見どころは満載だ。先に進もう。
 当初の目的の「平治物語絵巻」のうち「三条殿夜討巻」である。それにしてもこの迫力はいかばかりであろうか。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287476?tocOpened=1
 上記のURLをクリックすると、国立国会図書館のデジタル資料の「平治物語絵巻」にとぶ。画面の情報にある「次」を5〜6回ほどクリックしてもらうと、「三条殿夜討」が始まる。牛車(八葉車)が入り乱れて、人々の阿鼻叫喚が聞こえてくるようだ。また、車輪(くるまのわ)の輻(ふく/スポークのこと)の回転が描かれている。このスピード感は、見事と言うほかない。

 源平の台頭期、後白河上皇派と二条天皇派による権力奪取争いが平治の乱である。その一連の騒乱の中で、この夜討ちは緒戦と位置づけられている。
 このころの武力である侍は二系統に分類される。一系の平家は上皇派につき、もう一方の源氏が天皇派に従った。三条殿夜討は、天皇派の藤原信頼源義朝の軍勢によって院御所の三条殿が襲撃された史実に基づく。
 この夜討の後、上皇派の首魁の藤原信西(しんぜい)は捕らえられ首を取られる。天皇派を誘い出すための偽装の熊野詣の途上にあった清盛は、京に取って返すとともに計略と武力を用いて、天皇派の信頼らを撃破する。これにより天皇派に与していた源氏は没落の一途をたどっていく。兵を率いる将の差がてきめんに出た乱であった。
 乱を見事に描き切った絵師の力量は時空を超えている。現代まで平治の乱の状況を余すところなく伝えてくれる。

 おっとここでもまた時間を費やしてしまった。先を急ごう。
 長谷川等伯「龍虎図屏風」
 ピュン!
 加納元信「白衣観音図」
 ピュー!
 土佐光起「王昭君図」
 ピユウ!
 伊藤若冲十六羅漢図」
 シュン!
 どれもこれも名品ばかりなのだが、如何せん時間がない。曽我蕭白の「雲龍図」に急ぎたかった。しかし、その直前で、珠玉の名品を見つけてしまった。嗚呼。
 曽我蕭白「龐居士・霊昭女図屏風」(ろうこじ・れいしょうじょずびょうぶ)」である。

今昔物語集』巻第十一に「久米仙人始造久米寺語」(くめのせんにんはじめてくめでらをつくること)という話がある。有名な話ですよね。
 苦しい修行を重ねて仙人になった久米さん、仙術を駆使して空を駆け巡っている。気持ちは「どうや!」てなもんでしょう。近畿じゅうを飛び回ったんでしょうね。吉野川に差し掛かった時に、河原で美しい女が洗濯しているところに出くわした。この女、衣を濡らしてはいけないので、裾を膝までたくし上げていた。その「脛の白かるけるを見て、久米、心穢れてその女の前に落ちぬ」となる。
 艱難辛苦を乗り越えて大岩をも砕くような仙術を得ても、女のふくらはぎに敗けたのである。なんとも愉快な話ではないか。
 この話に材を得て、描いたものが「龐居士・霊昭女図屏風」なのだ。
http://www.boston-nippon.jp/highlight/05.html
 名古屋ボストン美術館の解説には《中国唐代の隠者龐居士とその娘霊昭女を描いたとされるが、その好色的な眼差しは、女性の脛に見とれて法力を失った久米仙人とも見える。曽我蕭白の皮肉な眼差しが読み取れる。》
 とあるが、ワシャはこの絵を好意的にとらえたい。法力を失ったかもしれないが、籠を編む老人は幸せそうではないか。久米の生き方をなかなか否定できるものではない。(つづく)