落語協会分裂

 夕べ、仕事帰りにいつもの書店に寄って立ち読み。雑誌のコーナーに『日本一の落語家』(徳間書店)があったので手に取る。およよ、のっけから立川談志の特集ではないか。これは「即買い」だった。その他に『折口信夫芸能論集』(講談社文芸文庫)など5冊の文庫と『西村賢太対話集』(新潮社)を求め帰宅する。
『日本一の落語家』をペラペラと繰っていると、三遊亭円丈の顔が出てきた。彼は新作落語の雄であり、落語協会分裂事件のドキュメント小説『御乱心』(主婦の友社)などを手掛ける文筆家でもある。また、名古屋市の出身でもあり、名古屋文化論でもある『雁道』シリーズもおもしろい。このシリーズの『ファイナル雁道』では、三河、とくに新幹線三河安城駅のことがボロクソに書かれている。ワシャは三河人であるにも関わらず大笑いをしてしまった。
《しかし、ひかりに乗った時、この三河安城を発見するのは不可能に近い!2秒ほどでピューッと通過してしまう。(中略)人々はこの駅を幻の三河安城という。》
 というような具合だ。
 一度、円丈を社の研修で講師として呼んだことがある。その時も、ほぼ全員三河人の前で三河安城駅の悪口を並べ立てる並べ立てる……。
「小さな駅だから、こだまでも二両編成しか停まらない」
「ホームは、映画のオープンセット」
「1日の乗降客が3人」
 とか、むちゃくちゃ言う。しかし、それがドッカーンドッカーンと爆笑をとるから不思議だ。
 そんな傍若無人な円丈にもまじめな本がある。前述した『御乱心』、これは落語協会分裂の時の、三遊亭圓生とその弟子たち、そして落語協会の大物たちの右往左往を書いた名作だと思う。

 落語協会の分裂、これは昭和53年5月までさかのぼる。
 真打昇進論争が原因で、当時の協会会長の柳家小さんと前会長の三遊亭圓生が対立し、各派一門を巻き込んでの大混乱となったのだ。
 この時、円丈は、七番目の弟子として圓生の近くにいたのである。このため、圓生を担いだ秘密主義の円楽や、追従ばかりの円窓を、かなり辛辣に書いている。もちろん円丈サイドからの話でしかないので、割り引いて読まなければいけないが、でも、かなり円楽というのは嫌なヤツだなぁ……と思った。
 この落語協会分裂事件には、談志も絡んでいる。そもそも圓生を担いでいたのは、円楽と談志だった。そこに古今亭志ん朝月の家円鏡なども参画して、小さん体制に異議を唱えたわけである。

 この話を、談志は自著の『人生、成り行き』(新潮文庫)で触れている。
 長いので要約すると、「圓生を担いで円楽、志ん朝らと協会を飛び出した。新団体の会長は当面圓生で決まりだ。しかし、副会長を決めなければいけない。これが次期会長になるわけだ。これは間違いなく『オレでしょう』と言うと、圓生は『いや、おまえさんではありません、志ん朝でげす』と言う。そりゃあねえだろう。志ん朝なんか大人しいばっかりでリーダーシップなどとれやしねえ。オレがリーダーじゃなけりゃ、こんな団体なんかやめだやめだ」
 ということで、談志はさっさと落語協会に戻ってしまう。ここが談志らしいと言えば談志らしい。

 いけない、うだうだと書いていたら出勤の時間になってしもうた。
 なにを言いたいかというと、今日がその分裂の日ということ。その立役者たちは、みな鬼籍に入った。時の過ぎゆくのは早い。