春の叙勲 その1

 ワシャが尊敬してやまない脚本家の倉本聰さんに旭日小綬章が授与される。とても喜ばしい。
 ワシャは昭和50年代の半ばに学生時代をおくった。ずいぶん昔の話だねぇ。その頃はバイトに明け暮れていた。金がたまると仲間を集めて素人映画を撮って遊んでいた。そのころ書いた拙いシナリオを読みかえすと顔から火が出そうなほど恥ずかしい。 
 本当は映画関連の仕事に就きたかった。でもね、時代はもっとも映画業界が低迷している頃で、まぁワシャがアホだったこともあって、映画業界への狭き門をくぐることができなかった。
 結局、地元に就職先を見つけて、結婚をして、子どもができて、という平凡な人生が始まった。それはそれで、まぁこんなものかいな、と思って楽しく過ごしていた。
 そんな時に、倉本さんが北海道で「富良野塾」を立ち上げて塾生を募集していることを知った。この時はずいぶん悩みましたぞ。
 倉本さんのことは『前略おふくろ様』や『北の国から』のシナリオを読んで知っていた。脚本家の中ではこの人がダントツだと確信していた。その人が塾を開き、実地で脚本術を教えてくれるというのだ。心を動かさない映画小僧がいたら会ってみたい。
 かなり悩みましたぞ。2年間、愛知を離れて北海道に行かなければならない。当然のことながら今の仕事は辞めることになり、当然のことながら収入はなくなる。それに家族を置いて単身で行かなければならない。
 結局、北海道に行くことは断念した。それがよかったのか悪かったのかは、今となってはもうわからない。
(下に続く)