ピアノと産業革命と小皇帝

 50年ほど前まではピアノの鍵盤といえば「象牙」が当たり前だった。適度に汗を吸い込んでくれること、肌ざわりがいいこと、指がスリップしないなどの理由で未だにピアニストや金持ちには根強い人気があるらしい。かなり高額になるが、張替えをしてくれる修理専門店もあるんですぞ。
 でもね、今はワシントン条約象牙の取引が制限されているので、新素材アイボプラストが主流となっている。ピアニストの仲道郁代さんは、元々象牙の鍵盤のピアノを弾いていた。コンサートグランドピアノも象牙の鍵盤がほとんどだったが、ワシントン条約象牙の流通が激減し、最近はアイボプラストの鍵盤に替わってきているそうだ。初めは指がつるつる滑って違和感があったが、最近は慣れましたと話していた。

 18世紀末、イギリスで産業革命が興る。これを契機にしてヨーロッパに有産市民層が台頭してくる。このブルジョア階級が、それまで貴族社会の象徴だったピアノを買い求めはじめて、ピアノブームに火がついた。
 また、時代は帝国主義の時代である。巨大な生産力、科学技術力、軍事力を手に入れた欧米列強はアフリカを植民地としてその市場の中に取りこんでしまう。このために鍵盤の材料である象牙コートジボアールなどからヨーロッパに大量に運び込まれることになる。求める人がいて、そのもっとも重要な部品の材料が大量に手に入る場所があり、ショパンやリストなどの天才が出現すれば、ピアノブームが起きないわけがない。
 日本では昭和40年代からピアノのブームが始まった。これは日本のメーカーが世界のどのメーカーでもなし得なかった大量生産方式に成功したことによる。販売台数のピークは昭和55年の40万台をピークにして減少の一途をたどっている。平成18年には3万台程度なのでブームは去ったと見ていい。その代わりと言っちゃあなんですが、お隣りの中国で大騒ぎになっているようだ。一説によれば、中国のピアノ学習人口は5000万人いるそうだ。ピアノメーカーにとっては巨大な市場だろう。小皇帝たちがショパンのワルツ第10番なんかを必死こいて練習しているんでしょうね。

 引きこもりの傾向があったショパンは、29歳の頃から、巴里の南、ノアーンにある恋人ジョルジュ・サンドの別荘に造られた防音された書斎で独り創作活動を続けた。200年後に、孤独と戦いながら創った自分の曲が東洋の子どもたちを始め全世界至るところで弾かれることになろうとは思いもよらなかっただろう。
 今年はショパン生誕200周年。